第83話 ラピス VS 白蛇 

 ”天喜あまきの白い鳥”に乗って迎えに来てくれたジャン。

 それを知って、ほっと息をついたのもつかの間、ラピスは、全身に感じる悪寒に気が遠くなりそうな恐怖を覚えた。


「ココっ、さがるんだっ!!」


 その瞬間、張り出し口の真下から巨大な白い鎌首が湧き上がってきた。

 ココとラピスが居館の上に向かうことを察知した白蛇は、王宮の外側へ体をくねらせ、大きく上へ伸びあがって、敵の逃走経路を防ぎにかかったのだ。


 後ろに倒れたココに、白い牙を向ける。だが、もたげた鎌首を動かす前に、電光石火のような弓矢が白蛇の左目に飛んできた。


 グワアアアアッッ!!


 右の目は、すでに射抜かれ視力を失っていた。矢が刺さった左の目から、耐え難い激痛がこみ上げてくる。それに加え、全身を貫く凄まじい衝撃。


 あんなちっぽけな弓に、何でこんな力が……!!


 白い大蛇は、ラピスの矢から伝わってくる痛みから逃れようと、狂ったように何度も鎌首を振り回し、恨めしげな咆哮をあげた。


「目を潰されたくらいで情けない声をだすなよ。条件が俺と同じになっただけじゃないか」


 のたうちまわる白蛇に弓矢を向けながら、ラピスは近づいてくる白い鳥の羽音に、注意深く耳を澄ましていた。


 見えなくても音は聞こえる。風の流れだって皮膚で感じ取れる。今まで、自分が持って生まれた特殊な感覚ばかりに頼っていたが、こうしてみると、色々なことが再び頭の中に浮かび上がってくる。


*  *


 一方、ジャンは、天喜の白い鳥の背から身を乗り出すと、ラピスとココに向かって大声で叫んだ。あと少し飛べば、ジャンは彼らの元へたどりつける。


矢狭間やざまの見張り台の上に白い鳥をつけるから、そこに登って待っていてっ! あの白蛇がまた襲ってこないうちに!」


 さすがに見張り台に上るには、今のラピスには、ココの誘導が必要だった。


 手を貸してもらい矢狭間に這い上がってから、まず彼が先に見張り台に上った。急がなければ、射抜かれた矢を振り落とした白蛇が徐々にこちらの気配を感じ始めている。ところが、ラピスがココを見張り台の上に引っ張り上げようとした時、


「あっ、ロケットが……」


 ココが胸にかけていた銀のロケットの鎖が外れて、ころころと居館の屋根を転がっていってしまったのだ。ココにとっては、父の写真の入った、かけがえのないロケットだ。不意に自分の手を振りほどき、駆けていってしまったココ。ラピスは、その時、叫びのような声をあげた。


「ココっ、何をやってんだっ! 早く戻って来いっ!!」


 王妃が変化した白い怪物が、再び鎌首をもたげだした。のっそりと自分に傷をつけた忌々しい弓使いの気配に向かって体を伸ばす。


 奴も見えないんだ。だから、余計に俺の気配を強く感じている。そして、なりふり構わず回りを叩き壊しながらこちらの方向へやってくる!

 駄目だ! 白蛇と俺の間にはココがいる。さっさと白い鳥に乗せてしまわないと、あいつも一緒に潰されてしまうぞ。


 ラピスは見張り台から飛び降りると、大声でココの名を呼んだ。


 どこにいる? 早く答えてくれ! そうしないと、今の俺にはお前の位置がわからない。


「ココっ! 答えろ、どこに行った!? 白蛇が近づいてくるぞ、早く俺の所へ戻って来いっ!」


*  *


「あいつら、一体、何をやってんだっ!!」


 天喜の白い鳥はもう王宮のすぐ手前まで来ていた。それと同じく白蛇もココたちに近づいてきている。だが、たまりかねてジャンが居館の上に飛び降りようとした時、


「おいっ……!!」


 ジャンは、焦ったように大声をあげた。


 こともあろうに、天喜の白い鳥が王宮の居館にくるりと背を向けてしまったのだ。そして、居館へ降りようとするジャンを邪魔するように、白い鳥は翼を大きく羽ばたかせ、王宮とはまるで逆の方向へ飛んでゆく。


「どこへ行く気だ?! 早く戻れっ! ラピスたちが白蛇にやられちまうじゃないかっ!!」


 だが、白い鳥はジャンの言葉など、まるで聞こえない様子で速度を増しながら、王宮から飛び去っていった。


*  *


 その時、ココは居館の屋根の隅まで転がった銀のロケットを拾い上げたところだった。ロケットを手にしてほっと息をついたとたんに、ココの耳に届いたのは、自分を呼ぶラピスの声と、目と鼻の先までココに近づいていた白蛇の吐息だった。


「ラ、ラピスっー!! 助けてっ、化け物に食べられちゃうっ!!」


「ココっ、そこかっ!!」


 矢を射おうと、ラピスは手を背にまわした。ところが、矢を入れていた袋がばさりと下に落ちてしまった。焦って拾い上げようにも布地に矢がからまって上手く取ることができない。


 畜生! 何でこんな時に!


 弓を投げ捨て、ココの声がした方向に身を投げ出すように駆けてゆく。


「ラピスっ、こっち! こっちだよっ!!」


 その声を聞き取ったラピスと白蛇が同時に、ココに向かって爆進した。


「ココっ! つかまれっ!」


 ラピスがココの体を自分に引き寄せたと同時に、白い怪物は牙を向き、真っ赤な口を二人に向けて大きく開いた。


 グオオオオッッッ!!!


 地を揺らすような白い大蛇の唸りが聞こえる。その音は心なしか、勝ち誇ったかのように軽やかなリズムで響いてくる。


 ざまあみろ、弓使いめ、血祭りだ。私を散々、小家こけにした報いだ。


 居館の床に投げ出され倒れたままの状態で、ココは魂が抜け落ちた亡者のように頭上を見上げた。

 ぼたぼたとおびただしい量の鮮血が空から落ちてくる。それが、居館の屋上を紅に染めてゆく。


「ラピス……」


 ラピスの体は、白蛇のきつく閉じられた口に挟みこまれたまま、力なく宙に浮いていた。するどい牙が体に食い込み、そこからはココが今まで見たこともないほど多くの血がしたたっていた。


「ココ……に、げろ……」


 やっと出せた声で、ラピスが言った。

 

 お前だけでも……逃げてくれ


 請うような声音に、ココは身を震わせた。


「これって夢だよね。私、きっと、ものすごい怖い夢の中に、今、いるんだ……」


 もう、現実がわからなかった。いや、それを知りたいとは、ココは少しも思わなかった。


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