第82話 人外との戦い

 王宮の中庭。


“まるでクソまみれの粘土細工みたいだ”


 地面の中から、ぼこぼこと現れたキャリバンたちを見渡して、ジャンは吐き気がしてならなかった。

 王宮の整備された白砂利の庭は今や見る影もなく、ぬめぬめと悪臭を放つ泥沼に姿を変えていた。その中から口だけをぽっかりと開いた土くれの塊が、いくつも顔を出している。

 醜くすぎるその姿は、彼らの心の奥底にわだかまる卑しい欲望を白日の下に曝け出しているではないか。


「王女たちは全員、王宮を出て行けたようだ。あとは、スカーを助けるだけだが、ゆっくりやってる場合じゃないな」


 たとえ時間に余裕があってとしても、ジャンはそうしたくなかった。嫌だった。一刻も早く、目の前にあるおぞましい泥の塊をどうにかしてしまいたかった。


「しゃらくさい。ちょこまか出てこないで、一斉に現れろ! 一気に全部片付けてやる!!」


 少年の右手がうごめくキャリバンたちに向けられた。


 “領域変化フィールドチェンジ!!”


 手のひらを大きく開いて、ジャンがそう叫んだ瞬間に、ぴしぴし、ぴしぴしと、きしんだ音が響き始めた。迸る蒼の光が、王宮の中庭に波紋となって広がってゆく。


 “な、何だ? 体が……固まってゆく……”


 足元がつっぱり、胸が詰まり、顔がこわばる。

 そして、声が出せなくなった時、キャリバンたちは、ぴしぴしとひしゃげたその音は自分自身の体が奏でていた音……だということに気がついたのだ。

 

 キャラバンたちは固められ、硬質な岩石と岩砂の塊に姿を変えられていたのだ。


「崩れろ!!」


 ジャンは、開いていた手をぎゅっと握りしめる。

 キャリバンたちの体に、無数の亀裂が走りだした。それがぴしぴしと音をたてながら、崩れていった。


 中庭のあらゆる場所で砂塵が舞った。ジャンは、少し哀れむような目をしてそれを見ていた。


 砂嵐が悲鳴のような唸りを上げて、王宮の中庭を吹き抜けてゆく。


「もう、二度と戻ってくるな! 永遠の砂粒になって、この世の果てへ飛んでゆけ」


 半分以上も壊れてしまった王宮と、崩れてゆく中庭の光景は、戦争が終わった後の廃墟みたいだった。


 ゴットフリーが壊さなくても、もうこの国は壊れてしまっているんじゃないのか?

 

 それでも、王宮の向こうから響いてくる白蛇の雄叫び、王妃に操られた宮廷内の“物”や“者”の怪しい息づかい。白い霧をはぎとられ、不気味な姿を現した最上階を失った西の尖塔。


 まだ、中身は何も変わっちゃいないんだと、ジャンは首を大きく横に振った。するとその時、


「あれは?」


 王宮の方向から、巨大な白い鳥が飛んでくる。そして、その背に乗っているのは……?


「スカー!! 良かった、無事だったんだな!」


 ジャンは満面の笑みを浮かべ、跳んでくる白い鳥に手を振った。


 ところが、

「ジャン、早く王宮へ行ってやれっ! でないと、ラピスとココが白蛇の餌食になっちまうっ!」


 急降下しながら、まくしたてるスカーに、ジャンの心は再び大きく荒れだした。


「ラピスの奴、足を痛めた俺をかばって、一人で白蛇に向かっていきやがった。それにココがついていって……」


 スカーは白い鳥から飛び降り、“これに乗ってさっさと行けっ”とジャンの手を強く引いた。


「わかった! でも、スカーは?」

「俺はそこらへんの馬をかっぱらって、王女たちの後を追う! だから、お前は早く行けっ!」


 “天喜の白い鳥”が再び、大きく羽を広げた。白い翼が風をきって上にあがろうとした時、その背から、ふとジャンはスカーに目を向けた。


「スカー、お前、足は? 痛めてるんじゃなかったのか」

「そんなことどうでもいいから、さっさと行くんだっ!!」


 空に舞い上がった白い鳥。その後姿を見送ってから、スカーは自分の足に目を落とした。


「何でだ? ……直ってやがる……」


 あんなに赤く腫れ上がって、歩けないほど痛んでいた俺の足が……。


*  *


 ラピスの手をとり、ココは白蛇に壊されていない東側の階段を駆け上がった。しかし、その上は三階の天井から降ってきた瓦礫の山にうずもれている。これ以上は上には行けない。白蛇は彼らが通った道を巨体で崩しながら追ってくる。


 懸命に逃げ道を探して、ココは目をこらしてあたりを見渡す。


  ガルフ島で、だてに泥棒家業はやってなかったもん。大丈夫、諦めたりしない! 逃げ道は必ずどこかにある。


すると、ココの視界に三階から別棟に続く渡り廊下が飛び込んできた。廊下の奥にある階段を上れば、ラピスとココが最初に白い鳥で降り立った居館の屋上へ上がることができる。


「ラピス、こっち!!」


 ぐいとラピスの腕を引っ張りながら、懸命に廊下を走り階段を駆け上がる。見えないとはいえ、ラピスは少しのナビがあれば、ココの意思を読み取って後についてきてくれる。二人は驚くような速さで、屋上に上がっていった。

 すると、こちらに向かって飛んでくる白い鳥が見えてきたではないか。その背にジャンの姿を見つけて、ココは歓声をあげた。


「ラピスっ、ジャンだよ。ジャンが白い鳥と一緒に来てくれた!」

「助かった! 何とか、間に合ってくれたんだな」

「こっちだよ! こっち。白い鳥さんっ、早く降りてきて、私たちはここっ!」


 握り締めていたラピスの手を離し、ココは居館の屋根の張り出し口から、空に向かって大きく手を振った。

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