第80話 エターナル城からの脱出

 ゆっくりと群集の輪は列となり、ぞろぞろとタルクに担ぎ上げられたリリーの後に続きだした。だが、城門はすでに固く閉ざれていた。城門の外には王妃の術に操られている近衛兵たちが、硬いバリケードを築いている。


「ちょっと退いて」


 すると、“僕の出番か?”とばかりにジャンが、前に進み出てきた。


「どうも、さっきから、弱っちい近衛兵を吹き飛ばしてるだけで、物足りなかったんだよな」


 ジャンは預かっていた長剣をタルクに返す。


「おおい、無茶はするなよ。他の者だっているんだからな」

 

「あ、大丈夫だよ。皆には迷惑はかけないから」


 不安げに少年の背中を見つめる人々。そんなことは気にせず、ジャンは城門に向かって、すたすたと歩いてゆく。

 少年の体から、蒼い光がほとばしりだした。

 城門と城門の間のかすかな隙間を見つけ、ジャンはそこに両手を差し込んだ。

 指先に気を集中する。すると、鋼鉄製の城門が溶けたチーズのようにぐにゃりと溶けだしたのだ。力まかせに、ぐいとそれをこじ開ける。


 ありえぬ少年の数々の行動。


「なっ、なんだ? この小僧はっ!? 城門は分厚い鋼鉄製なのに……」

「と、とにかく、押さえろっ。誰も外へ出すんじゃないっ!!」


 城門の外にいた近衛兵たちは、外側から懸命に門を押さえつけた。

 ジャンは、彼らの必死の形相につい笑みを漏らしてしまう。


「ごくろうさま」


 心の底からそう言った。


 それでも、容赦はしないから。


 ぎぎぎ……と軋んだ音とともに、少年の体が再び蒼く燃えた。

 次の瞬間、ジャンは左右の手で門をひきちぎる。そして、


「……!!」


 どどーんっと、外にたたきつけた二枚の城門。その重みで地面が大波のように揺れた。……と同時に、近衛兵たちは、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。


*  *


「道をあけてもらったよ」

 と、ジャンは手をはたくと、皆の方を振り向き上機嫌で笑う。


「これが、レインボーヘブンの欠片“大地”の力……」


 自分の肩の上で思わず呟いたリリーに、タルクが苦笑した。


「まだまだ、こんなの序の口だ。ジャンがその気になったら、グラン・パープルくらい、簡単に崩壊させてしまうぞ」


 けれども、余興はもうおしまいだ。タルクはジャンに向かって言った。


「城門の外に馬を待たせてあるんだ。王女と俺は馬に乗って、人々を王宮近くの丘の上に連れてゆく。後のことはもうお前にまかせたぞ!」


「わかってる」


 ジャンは、珍しく好戦的な顔を見せた。その時、王を捕らえ、クーデター軍が王宮の方向から駆けてきた。


「スカーはどうした?」

「奴はまだ中だ。後から来るって行ってたんだが……」


 王宮が崩れ出している。吹き上がる炎柱の向こうに、とぐろを巻いた白蛇の影が不気味にうごめいている。

 そして、王宮の中庭の土壌がぼこぼこと沸き立ちだした。どろどろの沼と化してゆく中庭から、現れた黒い塊に目を向け、タルクが叫んだ。


「キャリバン! また、あいつかよ! しかし、今度は一匹じゃねえ!」


 無数のキャリバンが泥の沼でうごめいていた。

 それは、王妃と交わした殺戮の契約に、踊らせ続けられる泥人形たち。


 ぬかるんだ顔は、無差別な殺意に満ち溢れている。それらが泥の触手を伸ばしながら、民衆たちに迫ってくる。正体を暴かれた王妃は、もう形振り構わず総力戦を仕掛けてくる腹のようだ。


「な、なんだっ、あの怪物はっ!?」


 キャリバンの姿を見て、怯えた声が人々の間から沸きあがった。


“人外境のごたごたはまかせたぞ”と、そんなスカーの言葉が、ぴたりと当てはまるような状況。ジャンは声高に叫んだ。


「早く行ってやらないと、スカーが危ない! だから、ここは僕に任せて、みんなは、早く、この王宮を出るんだ!!」


「王宮を出るって言ったって……あんな怪物からどうやって逃げれるんだよ!」


 人々は醜すぎるキャリバンの姿に震えあがり、半ばパニックのような状態に陥ってしまっている。


「慌てるな! みんなは、あの少年の力を見ていただろう。あの怪物を始末するのなんて、ジャンにとっては朝飯前だ。だから、落ち着いて、みんなは、王女の後についてゆくんだっ!」


 こういう混乱時において、タルクは絶大な指導力を発揮する。リリーは、ゴットフリーがタルクを信頼する理由がわかるような気がしてしまった。


 クーデター軍の男に支えられた王は、自国の危機を目の当たりにしても、ぼうっと表情が定まらない。王女リリーはそんな姿に、眉をしかめた。だが、タルクが引いてきた馬に飛び乗ると、後方に付いて来る人々をきりと見すえた。そして、高く声をあげた。


「みんな、私についてきて!! こんな悪意にまみれた王宮は、もう捨ててしまいましょう。どんな困難も、みんなで行けばきっと乗り越えられる!」


 力強い言葉は、怯えきった人々の心へ、一筋の光のように差し込んできた。

 民衆たちは、こわばった顔を上げて、それを前に向けた。


 そして、王女が先導する馬を追いながら、大破した城門の上を踏み越えて、エターナル城から出ていった。

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