第79話 王妃の正体

 王宮の城門。

 王女リリーは、城門めざして駆けてゆくタルクの肩の上から、上を下への大騒ぎを演じている群集たちに目を向けた。


 興奮し秩序をなくしかけている人々の生々しい表情。おまけに、王女を取られまいと近衛兵たちが、血相かえて城門に集まってきている。


 彼らをエターナル城から連れ出し、一ケ所に集めることが私たちの役目。

 けれども、ここまで混乱した人々を一体どうやってまとめろというの?


 一対一の武芸大会では剣豪の名を馳せた王女も、大人数を相手の戦闘は、まるで経験がない。さすがに怖いような気持ちになり、つかまっていたタルクの首筋に更に強くしがみついた。強気の姫の“弱気”を見抜いたのか、タルクは少し笑う。それから、リリーの心配を吹き飛ばすように言った。


「大丈夫! あんたは、グランパス王国のカリスマ “ソード・リリー”だろ。バルコニーでの演説は見事だった。あの調子でもう一席ぶってやれ! 騒ぐ奴らは俺たちにまかせろっ」

「でも、私は、あなたみたいに大声でねじ伏せるなんて芸当はできないわよ」

 一転して、元の勝気な王女にもどった言葉に


「俺ってそんなに大声か?」


 近くにいたジャンに軽く尋ねてみる。間髪いれずに、こくんと頷く少年。その態度に苦笑すると、タルクはすうっと息を吸い込み、その息を思い切り強く吐き出して叫んだ。


「おまえら、ちょっと、静かに聞けえいいっっ!!!」


 耳をつんざくような大声が辺りに響き渡る。びくんと体を縮こませ、王宮の中庭に集まった誰も彼もがタルクの方向に目をやった。


「バトンタッチだ。ねじ伏せたかどうかはわからんが、とにかく静かになっただろ」


 耳がまだ、じんと痺れている。

 やっぱりね。と、リリーは笑いがこみあげてきた。先ほどの緊張感はどこかへ消えてなくなってしまっていた。

 紫暗の瞳を凛と輝かせる。そして、リリーはタルクの肩の上から身をなるべく高く伸ばして観衆に向かって叫んだ。


「みんな、そのまま私の話を聞いて! 私、グラジア・リリース・グランパスは、たった今、このグランパス王国に反旗をひるがえし、クーデター軍に参加したことを表明します!!」


 突然の王女の宣言に、ええっと、わけの分からない顔、顔、顔。

 それがたちまち、困惑のざわめきを伴って王宮の中庭に広がってゆく。


「馬鹿な! “ソード・リリー”がグランパス王国を裏切るなんて、そんなことあるわけない」

 誰がが言った言葉に、リリーは声を高める。


「あの王の体たらく。驚くほど広がってしまった貧富の差。王宮に蔓延する贈賄、そして、暗殺。あなたたちは、それをおかしいと思ったことはないの! その諸悪の根源は一体、誰? それはすべて、王妃の仕業なのよ! あいつをのさばらしておくことに、私はもう我慢がならない!」


「王妃様が諸悪の根源って……いったい王女は何を言ってるんだ」


 まだ腑に落ちない顔の群集を刺すような紫暗の瞳で睨めつけ、リリーは王宮の方向を指差した。

 その瞬間、耳をつんざく爆発音が響き渡った。


「いい加減に目を覚ましたらどう! 後ろを見てご覧なさい。あれが、あなたたちが奉っている王妃の正体よ!」

 

 一斉に王宮の方を振り返る群衆。


「げっ、あ、あれは何だ?!」


 王宮の西側が大きく崩れ出している。

 そして、瓦礫の中から地獄の咆哮を叫びながら巨大な白蛇が湧き上がってきた。


「あの白蛇が王妃よ! あれが何十年にも渡りグランパス王国に邪悪の巣を作っていた怪物。思い当たることはない? 前の王妃の体調が突然悪くなったのも、王が酒びたりになったのも、そして、城内の行方不明者の数が急に増えたのも、あの女が王妃になってからなのよ!!」


 リリーの言葉にタルクが付け足す。


「実際に俺は王妃が白蛇に変身するのを見た。あいつは、王宮の礼拝堂の下に作った蛇穴に気に入った男たちを引き込んで、子蛇の餌にしてやがったんだ!」


 そう言われてみても、まだ、ぴんとこない。戸惑った様子の群衆の迷いをはらすかのように、リリーは言った。


「あれにかしづきながら魔毒の牙にかかって死にたいというの?! この王宮はもうどっぷりと毒に浸されてしまっている。私はみんなと共にまだ生きていたい。だから、王宮を捨てて新しいグランパス王国をつくるの。私は自分の誇りにかけて決してみんなを欺いたりはしない。クーデターが終わった後で王女の地位を剥奪されても構わない。だから、みんな、お願い、私を信じて、そして、私について来て!!」


 顔を見合わせる群集。王宮の方向から白蛇のおぞましい咆哮が響いてくる。


「そうだよ。彼女は“ソード・リリー”だぜ。グランパス王国の華が、俺たち、国民を騙すはずなんかないんだ」


 誰がか言った言葉に、それぞれがこくんと頷ずいた。


 そうだ、“ソード・リリー”がいてこそ、グランパス王国に華が開くんだ。


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