第78話 クーデター
「ラピスからの合図が来た! クーデター軍は、なだれ込んで王と王妃を確保しろっ!」
空で弾ける花火を見たとたん、スカーは懐に隠し持っていた手榴弾を王宮のバルコニーに向けて投げ込んだ。手榴弾といっても、スカーお得意のただの目くらましの白煙筒だ。それだけで酒で正体をなくしている王を捕らえるには十分だった。
王宮には、真っ白な煙の霧がたちこめている。
近衛兵たちは事の次第が理解できず、ただ奇声をあげるばかりだ。
玉座のまわりにいたクーデター軍のメンバーたちは、スカーの合図ですばやく防煙マスクをつけ、ぐでんぐでんに酔っ払ったグランパス王を取り押さえた。王妃には逃げられたようで姿が見えない。
自分のおかれた状況が把握できず、名ばかりのグランパス王国の統治者は、ぼんやりと集まってきた近衛兵たちを眺めている。
散っていたスカーの仲間たちが集まってくると、発煙筒の煙が少し薄れた。それと同時に、スカーが敵の近衛兵に向かって大声で叫んだ。
「王の身柄は我々、クーデター軍が確保した! 王を傷つけたくなければ、おとなしく武器を捨てて降伏しろ!」
「何っ、クーデターだと? お前ら、いつの間にっ」
スカーは、周りをぐるりと取り巻いた近衛兵たちを見渡し、不敵な笑みを浮かべた。実は心臓はばくばくと波打っていた。けれども、そんな素振りを見せたが最後、敵にこちらの状況を見切られてしまう。
クーデター軍は30人弱、それに対する城内の近衛兵はざっと見積もって、その10倍以上か……外の近衛兵はタルクたちが引き付けてくれてはいるが、まともにやってっちゃ勝てっこないぜ。
じりじりとクーデター軍を囲みこんだ輪をせばめながら、近衛兵たちが近づいてくる。だが、剣を突きつけられた王を
一方、バルコニーの奥に身を隠した王妃は言葉もなく、お付の侍女の腕の中に身を沈めながら小刻みに体を揺らしていた。怯えではなく、悔しさにその紅の唇を震わせながら……。
”私のグランパス王国にそれも建国記念の日に謀反を起こすなんて、何て不遜な奴ら。 許せない……でも、私の正体をまだ見せるわけにはゆかない”
引き裂きたい、喉ぶえを噛み切ってやりたい。
今にも曝け出しそうな惨殺の衝動。
それを抑えるのに、王妃はえらく苦労をしていたのだ。
* *
仲間に、グランパス王の胸に短剣を突きつけさせると、
「ここにいる近衛兵どもっ、今すぐ、バルコニー側へ移動しろっ! さもなきゃ、この酔いどれの爺さんを串刺しにするぞ!!」
スカーは声を荒げてそう言った。そして、近衛兵たちの動きに気を配りながら、小声でクーデター軍の他のメンバーに呟いた。
“近衛兵が移動したら、お前たちは後ろの階段から王を連れてこの城を出ろ。俺もこいつらの相手をすませたら後に続くから”
その時、近衛兵の中心にいた男が、スカーの前に進み出てきた。大柄でいかにもふてぶてしい態度の輩だ。だが、どことなく生気がなく足取りも重い。
「指示どおりぃ、全員、バルコニー側に移ったぞ。だが、お前たちみたいな寄せ集まりの集団で、クーデターなんてものが上手くゆくと思ってるのかああ」
スカーの不安をかきたてるように、小ずるい瞳を向けてくる。
「俺はなあ、グランパス王国近衛連隊長だ。なぁ、お前、こんな馬鹿な真似はやめないか ? な、今なら悪いようにはしない。何か要求があるなら言ってみろよお……ただし、国を渡せという以外はな」
その近衛連隊長らしくもなく、ろれつの回らない声と汚く白濁した灰色の瞳が自分に向けられた時、スカーは背中に悪寒を感じてしまった。
この連隊長……仕事中だというのに酔っ払ってやがる。こいつもあの王妃のおかしな術に操られている輩か。まさか、近衛隊全部がそうなってしまっているんじゃないだろうな。
つい、弱気が心を占めそうになった時、スカーは、ふと、今、対峙している連隊長と同じ色の瞳の“ガルフ島警護隊長”のことを思い出してしまった。
ゴットフリー・フェルト
同じ灰色の瞳でも、奴の瞳は真冬の朝の空気のように研ぎ澄まされていた。こんな場面でも、あの男なら、事も無げに切り抜けてしまうんだろうな。畜生! 闇の王かなんか知らないが、一体、どこへ行きやがったんだ。
いや、“あいつだってまだ、敵だ!”
首を大きく横に振ると、スカーは目前の近衛連隊長を睨めつけ、隠しもっていたポケットのリモコンに手をやった。
現時点で、王宮の二階は、バルコニーを境にしてクーデター軍側と近衛兵側にきれいに東西に分かれていた。部屋の西側に敵を固め、東側を味方の逃走用に確保する。もともと、それがスカーの狙いだったのだ。王妃を捕らえることには失敗したが、王さえいれば、グランパス王国の覇権を握ることに関しては何ら問題はない。
「誰がお前らの甘言に耳を貸すか! クーデターはやり終える。邪魔する奴には消えてもらうだけだっ」
後ろ手に仲間に、行けっと合図を送り、スカーはリモコンのスイッチをかちりと押した。そのとたん、激しい爆音が王宮の中に鳴り響いた。
「あばよ」
引きつった顔で床の下に沈んでゆく近衛連隊長に、スカーは冷ややかにそう言った。
その瞬間、王宮のバルコニーの床が轟音と共に崩れ落ちたのだ。それに連動するように王宮の西側に連続した爆発が起こった。
バルコニー近くの近衛兵たちは、崩壊した瓦礫と共にほぼ全員が階下に落ちていった。窓ガラスが大きく揺れ、吹き上がる火焔とともに、王宮の二階の片側だけが壊れてゆく。
タルクとジャンと一緒に王宮の晩餐会に行った時に、スカーが王宮に仕掛けておいた小型爆弾。今、仲間たちがいる王宮の二階部分の東側を残し、西側を完全に崩壊させるその位置計算は完璧なまでに正確だった。
くるりと踵をかえすと、スカーは後方にある階段に向かおうとする。先に逃げていった仲間を追って早く王宮から脱出しないと、支柱を失ったエターナル城はいずれは東側も崩れてゆくだろう。その時、
「……!」
スカーは崩壊した階下の瓦礫の中から、突然、巻き上がった白煙に大きく目を見開いた。
白煙の中にねじれながら舞い上がってくる巨大な長い胴体。
天を噛み砕くように大きく開かれた血色の口腔。
鼓膜が破れるかと思うほど甲高く鋭く響く、その咆哮が辺りに響き渡った時、
「し、白い大蛇! 貴様、王妃かっ? ついに正体を現したなっ!」
王宮の三階の床を軽く打ち破り、自分の後方に現れた巨大な蛇。
逃げようにも足がすくんで動かない。その邪悪な瞳の光に全神経を射殺されてしまったように、スカーは、唖然と頭上に鎌首をもたげる大蛇の姿を見つめた。
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