第77話 始まりの合図

 王宮の回廊の屋根の上でラピスとココは、呆れた様子で王女とタルクの戦況を覗っていた。


「二人とも、勝負を楽しんでる場合じゃないんだけどな」

「でも、タルクの肩ってやっぱり直っちゃってるみたいね」


“直っちゃってる”というココの言葉には相当な抵抗感があった。……が、とりあえず、ラピスはこくんとうなづいて言った。


「そりゃ、“剣豪の美女”と“長剣使いの猛将”。こんなに見ごたえのある戦いはなかなか見れるもんじゃないけど……」


 先ほどから感じて仕方ない、ぴんと髪を引っ張ぱれるような感覚。空気がやけに冷たく頬を撫でてくる。なかなか、決着のつきそうのない二人の戦いに、いらついているのだろう。バルコニー席の王妃が落ち着かない様子で髪をいじり始めた。


「王妃が痺れを切らし始めてる。ここらが潮時だ。そろそろ動いておかないと、クーデターの計画が行き詰っちまう」


*  *


 王宮の中庭に集まった観衆は、睨み合ったまま動こうとしない王女とタルクの姿を固唾を呑みながら見つめている。更に四~五分もたっただろうか、じりじりとした空気に耐え切れず、観衆の一人が言った。


「どっちが先に攻めて出るんだ? “ソード・リリー”か? 大入道か?」


 そして、たまりかねたようにバルコニー席から王妃が立ち上がった瞬間、


「であああああっっ!」


 地を震わせるような大声でタルクが叫んだ。


「大入道の方が打って出た!」


 堰をきったような人々の歓声。

 それらが耳に届くか届かないうちに、タルクの長剣がリリーに向けてうねりをあげた。


 空気が引き裂かれる。

 砂塵が巻き起こる。

 地面が揺れる。


 長剣の刃をかわした王女の体が、タルクの膝を蹴り上げて宙に舞った。その時、二人を見ようと身を乗り出した人々の声が、


 ええっ?

 と、おかしな感じで、どよめいた。


 飛びついてきた王女の体をひょいっと肩の上に持ち上げると、タルクがくるりと王宮に背を向けてしまったのだ。


「王女はもらった! 兵隊も民衆も、返して欲しきゃ俺の後について来い!!」


 意味のわからない顔をした観客たちの間を、タルクは王女を担いだまま城門に向かって駆け出した。鬼のような形相に恐れをなした人々が、大慌てで道を開ける。


 異常事態を察知した近衛兵たちが集まってきた。彼らを蹴散らすくらいはタルクにとっては大した問題ではない。けれども、さすがに2mもある長剣を、王女を担ぎながらは使えなかった。


“ジャン! ”と、先頭を走る少年の名をタルクは呼ぶ。


「あの兵隊、どうにかしてくれよ。それと、この長剣、預かっといてくれ。でも、振り回すんじゃないぞ。お前が使ったら、それこそ大地を斬り裂いちまう」


「わかってるって!」


 “後で返せよ!”と、無造作に投げ渡されたタルクの長剣。自分の身長をはるかに越える長さのそれを軽々と受け取り、ジャンはにこりと笑った。


 でも、ちょっと退屈していたんだ。見ているだけじゃつまらない、戦闘は


 王女を取り戻そうと近衛兵たちが血相変えて挑みかかってきた。ところが、


「退けっ! 文句があるなら、僕らの後をついて来いっ。邪魔する奴はみんな、ふっ飛ばすぞ!」


 ジャンの手がぱっと開かれただけで、見えない力が彼らを根こそぎ弾き飛ばして地面にたたきつけてしまうのだ。

 奇声を発する者、笑う者、泣き出す者、王宮の中庭は、もう、てんやわんやの大騒ぎになってしまった。


「早く、城門を閉めろっ! 王女を大入道に盗られるな!」


 慌てふためいた近衛兵たちが、城門に向けて駆けていった。


*  *


 その頃、王宮の回廊の屋根の上でも、“大騒ぎ”の華が咲いていた。


「タルクがお姫さんを拉致らちったよ! 近衛兵が追いかけて、今、ジャンが蹴散らしてる! でも、城門が閉めらちゃう。ジャン、負けるなーっ! そんな城門、壊しちゃえっ!」


 怒涛のようなココの実況に、ラピスはあはっと笑い、自分の背中に片手をまわした。


「そう、その報告を待っていたんだ。それこそがクーデターの始まりの合図なんだ!」


 ラピスが目にも留まらぬ早さで背中の矢を弓につがえ、ひゅんっと弦を引く。いったい、いつ矢を手にもったのか、その手を引いたのか、動きが早くて検討もつかない。


 青い空を一直線に突き進んで行くラピスの矢。だが、


 ばんっと弾ける爆発音とともに、それは、眩いばかりの“黄金の光”となって空中にはじけとんだ。

 ココは空から降り落ちてくる光の粉に、あっけにとられたように目を向けた。


「は、花火ぃ? 何でラピスの矢が?」


「スカーが作ってくれた特製の矢だ。空気とすれ違った時、その抵抗で発火するそうだ。しっかし、あれやこれやと発明して、あいつ、ノーベル賞でもとる気なのかな」


「……ノーベル賞って何?」


 不可解そうなココの問いにラピスはおどけたように言った。


「どっかの雲の上の話」


「なんだ、私たちとは関係ない話ね。そんなことより、今っ、王宮の方に白煙があがった!」


 ラピスの答えを軽くうけながし王宮のバルコニーに目をやったココは、“スカーが動いた! ”と、盲目の弓使いの腕を強く引いた。



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