第76話 長剣のタルク VS ソード・リリー

「ラピスっ、ジャンとタルクが王宮の中庭に現れたっ! 声が聞こえるでしょ。すっごい派手に登場してきた!」


 タルクの大声は、城壁を通り越して海の向こうまで轟くかのような大声だ。

 ラピスは先ほどまでの張り詰めた気分とはうって変わって、楽しささえ感じてしまった。


「タルクが、クーデター計画開始の銅鑼どらを鳴らしたんだ。あの大声なら俺にも予測はつくが、ココ、実況中継よろしく頼むぞ!」


*  *


 割れんばかりの大歓声の中を、出来うる限りのしかめ面をして、タルクは王宮の中庭に進み出てきた。


「ゆけ、ゆけっ! 大入道!」

「ふざけんなー! 王女があんな男に負けるもんか!」

「“ソード・リリー”! 早く出てきて、あの大男をのしちゃってー!」


 建国記念祭のメインイベントにこれほど面白い余興はない。物見遊山な人々は好き勝手に盛り上がってしまっている。


*  *


「えーっと、お客さんたちが王女の名を呼びながら騒いでいます。タルクはバルコニーの下で王女を待っていますが、まだ出てきません。あっ、お客の一人がタルクに空き瓶を投げつけました。でも、ジャンに吹っ飛ばされました」


 さっそく、実況中継を始めたココに、ラピスは苦笑した。


「ココの実況がなくても、あの声援だ。タルクを応援する奴が、ほとんどいないってことはよくわかるよ。そりゃ、じゃ、やっぱり野獣に歩が悪い」


 ところが、やる気満々で長剣を背から抜いたタルクをもっとよく見ようと、矢狭間やざまから身を乗り出したココは、ふと、おかしなことに気がついた。


「ねえ、ラピス、タルクって平気な顔してあの重い剣を使ってるけど……右肩の骨が折れてたんじゃなかったの?」


 実は、そのことはラピスも気にかかっていた。ジャンに癒しの力を使ったのかと聞いてみても、そうでもないらしい。

「俺が診た時は、確かに折れていたんだけど、タルクはもう直ったなんて言いやがるんだ」


 そんなはず、あるわけないんだけなあ。と、ラピスは小首を傾げた。



 一方、王宮では、

「あの男、あの男よ。あの男! リリー、待たせるのは失礼よ。さっさと行って勝負をなさい。でも、殺しては駄目、駄目よ。駄目よ。絶対に!」


 ぺろりと人に見えない位置で舌なめずりをする王妃に、ぞっと背筋が冷たくなる。けれども、リリーはあえて笑顔を作ってみせた。


「あの大男は王妃様の大のお気に入りですものね。大丈夫、きちんと上手く料理してやりますわ」


「お願いよ。殺さないでね。絶対に、絶対によ!」


 そして、死ぬんだったら、リリー、お前が死んで……


 王妃の思惑を感じてか、リリーは、顔をしかめる。だが、くるりと踵を返して、止めに入った下仕官の手を振り払った。そして、ドレスの裾をたくし上げ、中庭へと続く階段の方へ駆けていった。


 ちょうど、階段の横の窓にさしかかった時、近衛兵の一人が王女に小さく囁いた。


「その格好で戦闘か?」


 右側にある頬の傷をゆがめながら、にやりと笑う。


一平卒いっぺいそつに、とやかく言われる筋合いはないわ」


 リリーは彼に向かって、紫暗の瞳を小気味よさげに輝かす。


 その直後、ばさりと彼の頭に被された一枚の白絹。

 大慌てで、それをめくり上げ、近衛兵に姿を変えていたスカーは小さく口笛を吹いた。


 足元まである白いドレスを脱ぎ捨て、鎖帷子くさりかたびらの戦闘服で階段を駆け下りてゆく姫。


 確か前に、グラン・パープルの誰かから、こんなことを聞いたもんだ。


 “ソード・リリー”(剣百合)の花言葉は、“密会”そして、



 “武装完了”



*  *


 朝から続いていた胸のすくような晴天が少し翳りだした。


 建国記念祭に集まった人々の運命を描き出すように、風に流れされてくる雲の切れ間から、太陽の眩しい光と翳ろう光が交互に差し込んでくる。

 ちょうど、日の光がエターナル城を明るく照らし出した時、その瞬間を待ちわびていた好奇と憧憬の瞳が、王宮から続く階段に一斉に向けられた。


 階段を駆け下りてくるのは、武装の姫。


 腰まで伸びた三編みの長い髪と身にまとった鎖帷子が、太陽の下で金と銀に煌いている。そして、気品に満ちた紫暗の瞳はきりりと涼しげで、ほのかに頬を紅に染めた少女の顔に別格の聡明さを付け加えていた。


「待たせたわね。逃げも隠れもしないわよ。戦いましょう! 心ゆくまで!」


 タルクの前に堂々と進み出た、“ソード・リリー”の出で立ちに、


「へえ、まるで百年戦争の女騎士みたいだ」


 ジャンは思わず、そんな言葉を口に出してしまった。



 王宮の中庭で、王女リリーは腰のレイピアをするりと抜き放った。

 対するタルクは、


「ふははははっ! そんな護身用の軽い剣レイピアで、俺の長剣が受けられるとでも思ってんのかあっ!」


 妙にわざとらしい笑い声をあげると、いきなり、2m長の剣をリリーに向けて振り下ろしてきた。


 ぐあんと長剣の刃がうなりを上げた。とたんに爆風が巻き起こった。“暴風” 圏内は、巻き起こされた砂塵で、ほとんどが見えない。

 ところが、


「軽くたって高性能!」


 リリーは長剣の切っ先を軽くかわし、タルクの喉元を狙ってレイピアを鋭く突きたててきた。


 何っ!


 慌てて長剣でレイピアを阻止してから、タルクは驚いたようにリリーへ目を向けた。


 このお姫さん、恐ろしく剣さばきが早い……俺が戦った相手では、ゴットフリーに次ぐぞ。


 剣を振り下ろした低い姿勢から慌てて大上段の構えをとる。やばい、油断してると、先手ばかりを取られる。


 そんなタルクの表情に、リリーは満足げに微笑んだ。


「護身用なんて言葉、撤回してもらいたいもんだわ。でも、あなただって、大男の割には動きが機敏ね。それに、その凄まじい剣圧、当たったら生きてはいられないかも」


 構えた刃と刃の間からリリーとタルクは顔を見交わし、意味深な笑顔を浮かべて言った。


「さすがは、王宮武芸大会、優勝者」


「“ソード・リリー”(剣百合)の名は伊達だてじゃなかったな」

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