第75話 シュプレヒコール
回廊の屋根に隠れながら、エターナル城の様子を眺めていたココが叫んだ。
「ラピスっ、バルコニーに出てきたのは王じゃないよ。王女……“ソード・リリー”が建国記念の演説を始めようとしてるっ」
たまげたような少女の声。そして、王女がバルコニーからぐるりと民衆たちを見渡した瞬間、
「ソード・リリー!!」
彼女の名を呼ぶ熱烈な叫びを耳にして、ラピスはにやりと笑顔を浮かべた。
「すげえ派手な演出だな、おもしろくなってきたぞ。ならば、彼女の演説、とくと聞かせてもらおうじゃないか」
* *
王女リリーはバルコニーの下に一目でも彼女の姿を見、その声を聞こうと、集まった人々に視線を向けるとふうっと一つ息を吐いた。そして、
「親愛なるグラン・パープルの人民たちよ。今日は、よく集まってくれました」
いつもどおりの凛とした透き通った声で、建国記念の演説の第一声を口にしたのだ。民衆たちは、先ほどとはうってかわって静まりかえり、彼女の言葉に一心に耳を傾けている。
「グランパス王国は、我が王、グノークス・J・グランパスが皇位に即され建国の宣言をなされて以来、繁栄の時を過ごしてきました。そして、今や王国の瑞光と国力は揺るぎのないものとなったのです」
ここまで言うと、リリーは一寸沈黙し、再び紫暗の瞳でぐるりと辺りを見渡した。人々は期待に胸をときめかせ敬愛する王女の次の言葉を待っている。憧憬の眼差しの若者、感激の表情を露にした老人、そして、無邪気な子供たちの真っ直ぐな視線。
見せ掛けの繁栄の中ででも、今は幸せに暮らしている国民たち……その安穏とした生活をクーデターなどという乱暴な方法で、こんなに性急に壊す必要があるのだろうか。何かもっと平和的な解決はできないものかと、弱音が心にこみあげてくる。
……だが、それこそが王妃の邪念の源なのだ。リリーは自分の気弱な思いに強く首を振り、きりと前を見すえた。
それから何かをふっきるかのように声を高め、言葉を続けた。
「だが、光ある場所には影がある。繁栄の海の中にも没落の荒波が押し寄せてくる時もある。それを私達は決して忘れてはなりません! 私がグランパス王国に向ける願いは、言葉にするととても短い。けれども、それを成就するには気の遠くなるほどの長い道程を行く覚悟が必要なのです」
聴衆は、息を飲むように王女の次の言葉を待っている。そんな彼らにリリーは心の丈をすべて打ち明けるかのように声を高めた。
「 “皆が幸せに暮らせる、そんな国を作りましょう!”
この記念すべき建国の日に、私は、国家、国民をこぞって祝福し、繁栄の時も困難な時も自らの命をかけて、故国の平和に寄与することを心より誓います。
国民に幸あれ!
そして、グランパス王国に神のご加護のあらんことを!!」
一拍の間の後に、怒涛のような拍手喝采が巻き起こった。
“ソード・リリー、万歳! グランパス王国、万歳!!”
いつまでたっても鳴り止まぬシュプレヒコールに、ラピスは、ほうっとため息をついて言った。
「この後、クーデターを起こそうっていう王女が、今の演説に込めた思いを分かるやつがここに何人いるだろうか? それでも、聴衆は皆、知らず知らずのうちに王女リリーに惹きつけられてる。俺は心底、こう思うよ。“ソード・リリー”あれは、まるで王女になるために生まれてきたような女の子だ」
その時のラピスがあまりにも真面目だったので、ココはちょっとこんなことを言いたくなってしまった。
「なら、私は? 私は何になるために生まれてきたような女の子?」
「……」
「何で答えてくれないのよ」
ラピスは肩をすくめると、からかうようにこう言った。
「ココは何で女の子に生まれてきたか、わかんないような女の子だよ」
そして、大急ぎで両手を広げて、ココの攻撃から身を守った。
* *
その頃、スカー率いるクーデター軍は、幾手にか分かれて近衛兵の間に紛れ込んでいた。総勢にして20数名。王宮の一階には比較的腕に自信のない者たちが10名。 リリーが演説をした2階のバルコニー付近には、スカーを先頭に多少なりとも戦闘の経験がある残りの者が、ラピスとココからの“行動開始”の合図を待っていた。
「王女が演説をやるなんて想定外のことだったが、堂々としたもんだな。びびっちまってた自分自身が恥ずかしくなってきたぜ」
王たちがいるバルコニーに続く大広間。その窓の近くで警備を装いながら、スカーは苦い笑いを浮かべ、ラピスたちのいる居館の屋根に目をやった。
あいつら、ちゃんと俺が教えた場所にいるんだろうな。
屋根の上の矢狭間に、ラピスとココらしき人影が、ちらちらと揺れている。よし。と軽くうなずき、スカーは他の近衛兵に気づかれぬように窓から少し身を乗り出した。
* *
「あ、スカー、見つけたっ。バルコニーの近くの窓際にいるよっ!」
一発で見極め、すっと盗る。それが盗賊の極意だと誰に教わったわけでもないが、そうやって日々の食い扶持をかせいできたココは、目敏さでは誰にも負けない自信があった。
スカーの方もココの視線に気づいたようで、制服の襟を直すしぐさで軽く手で合図を送ってきた。
「向こうは準備、OKみたいだよ」
ココの報告に、ラピスは黙ってうなずいた。
そして、王女リリーがバルコニーの席にもどり、演説の余韻が冷めかけた頃、
「グランパス王国の華、そして一の剣士と名高いグラジア・リリース・グランパス殿下に物申すっ!!」
城門の向こうから、地響きのような物凄い大声が聞こえてきたのだ。
誰も彼もが、ぎょっと目を見開いて城門の方向に顔を向けた。すると、2メートル長の長剣を振りかざした大男が、慌てて道を開けた民衆の間を、づけづけと歩いてくるではないか。
「我は先に行われた王宮武芸大会の優勝者、長剣のタルク! 王女といえども、女子に一の剣士を名乗られては、俺の面目丸つぶれだっ。この建国記念祭の晴れの舞台で、真のグランパス王国一の剣士を決めるべく、本日は参上した! いざ、尋常に勝負されよ!」!
その後ろに、大男とは対照的に人懐こい笑みをたたえた少年が控えている。だが、集まってくる近衛兵を悉く蹴散らしているのは、大男の方ではなく主にこの少年のようだった。
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