第72話 決戦前

 グランパス王国の建国記念祭に合わせたクーデター計画。

 仲間たちとの最後の打ち合わせのために、スカーは小屋を出て行った。だが、ラピスはまだ躊躇していた。


 国民のヒロイン、“ソード・リリー”を、グランパス王国をぶっ壊すクーデター軍に率いれるなんて本当にやっていいのか。


「あまり長く留守にすると、おかしく思われる。とりあえず、俺が城の近くまで送ってゆくから王女は城に帰れよ」


 行こうと、ラピスに手招きされたが、リリーはその後をついてゆくのをためらった。


「あなたはスカーと一緒に行かなくて良かったの? まだ色々と打ち合わせが必要でしょ」


「大丈夫だ。俺とココはただの遊軍だから、好きにしろってさ」


「……でも、送ってゆくって言ったって、あなたじゃ……」


 盲目の医者に護衛についてもらったって、かえって足手まといになるだけだわ。


 そんな王女に、東の空に輝き出した一番星に目を向けて、タルクは笑う。


「お姫さん、ラピスを侮っちゃいけないぜ。スカーがラピスを遊軍に据えているにはそれ相当の理由があるんだ。それに、暗闇の中でこいつほど役にたつ護衛はいないと思うぞ」


 その言葉に涼しげに頷き、ラピスが弓矢を背負った時


「ちょっと待って。王女が自分の国へのクーデター軍にいる理由! それをまだ、僕は聞いていない」

 ジャンがまくしてるように言った。


「そういえば、俺も聞いてないぞ」


 タルクの言葉に、ラピスとリリーはそういえば、まだ話していなかったと、顔を見合わせて笑った。


 結局、ジャン、タルク、ラピスの3人が王女の護衛につくことになり、王女が城へ帰る道すがら、ラピスはリリーがクーデター軍に入った経緯をジャンとタルクに話して聞かせた。


「なるほどな。王妃によって狂わされたグランパス王国を王女はもう一度、立て直したいってわけか」

とタルク。

「でも、壊してしまってもいいのか? 自分の国なのに」


「だって、あなたが守ってくれるんでしょ」


 とっくに覚悟は決めている。さらりと言うリリーに、もちろん守るつもりだがと……ジャンは小さく息を吐いた。


 エターナル城の方向に灰色の雲が流れてゆく。月も星も光ある物をすべて拒むかのように集結してゆく厚い雲。


 それでも、誰一人傷つけずにというわけにはゆかない。きっと多くの血が流れる、そして、町や家や……城が壊れる。


 ジャンの胸に込み上げてきた息が詰まるような思いを感じてか、ラピスはため息をもらした。その時突然、


「そうだ……まだ、話していないことがあった」


 こんな大切なことを言い忘れていたなんてと、ラピスは迂闊な自分に呆れかえった顔をした。


「リュカのことだ! 彼女は……女神アイアリスの化身だったんだ。だが、今のアイアリスは“うみ鬼灯ほおずき”に心を狂わさせた邪神になりさがっていると、ゴットフリーは言っていた」


「何ぃ! リュカがアイアリスの化身? ……何でまた、そんなややこしいことになってんだ。もう何がきても驚かないと思っていたが、これはさすがに……」


 そういえば、急に子供から大人になってたり……しかも、あの美貌……女神か。今考えてみれば、わからないこともないんだが……。


 無理無理に自分を納得させようとしているタルクを助けるように、ジャンが言った。


「あいつも“うみ鬼灯ほおずき”に翻弄された一人だよ。僕もリュカがアイアリスの化身であることには薄々は気付いていたんだが、あの紅の灯は女神の心までも凌駕する。


 多分、アイアリスはリュカに姿を変えて僕らを見守ってくれるつもりだったのだろうが、レインボーヘブンの海に沈めた人々への後悔の念が強すぎて、どこかで道を誤ってしまったんだよ」


「そう。俺がゴットフリーから聞いた“もの凄くかいつまんだ話”はこうだ。奴は王宮の温泉場でリュカと戦った。その時、リュカはアイアリスの姿に戻りこう言った。“私は至福の島を手に入れる。ゴットフリーと自分、二人きりの至福の島を”」


 ラピスの話の後、リリーは少し頬を膨らませたまま口を噤んでしまった。


 あの銀髪娘が女神アイアリスの化身? それに、ゴットフリーと二人だけの至福の島?


 なぜだか、妙にむかついて気分が悪くて仕方がない。


 そんなリリーの様子に気づくことなくラピスは言葉を続けた。


「とにかく、温泉場から闇の戦士に追われて消えたというアイアリスの動きにも注意を払っておいた方がいい」


「“白蛇”と“海の鬼灯”にゴットフリーに率いられた“闇の戦士”そして、“邪神アイアリス”か。また、一人、敵が増えやがった。こうなったら、もう何百人でもかかってきやがれ! 俺はもう何にも怖くないぞ」


 半ばヤケくそ気味なタルクを笑い、

「そう力まなくても、明日になれば敵も味方もてんこ盛りの戦いになるさ。こんなんだったら、夕食の珈琲、もっとゆっくり飲んどきゃ良かったな。まあ、グラン・パープルの行く末は神のみぞ知る……と言いたいところだが」


 ラピスとリリーをきりと見据えて、ジャンは言った。


「もう、女神は力を貸してはくれないぞ。だから、僕たちは何があっても、自分たちの力でこの島を守りぬくんだ」

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