第71話 光と闇を架ける者

「一体、どういうことなんだ? 何でレインボーヘブンを襲った盗賊の子孫を守護神のアイアリスが王に選ぶんだ?」


 訝しげなスカーにジャンは、真っ直ぐな視線を送って答えた。


「女神アイアリスはレインボーヘブンを襲った盗賊たちを憎む反面、その団結力と活力を羨ましく思っていた。もし、レインボーヘブンにあの力があったなら、どのような敵にも負けることはないだろうと……だから、残した。彼らの中から一房だけの人間を……その子孫を。やがて、蘇るレインボーヘブンを総べる者として。それが、ゴットフリーだ」


 けれどもと、ジャンは声を落した。


「残りの盗賊たちと家族たちには、アイアリスは手を差し伸べなかった。断末魔の苦しみを味わいながら彼らは海に沈んだんだ。この世のすべてを呪いながら、……その悔恨の思いが、紅の灯“うみ鬼灯ほおずき”になった。血筋からいえば、ゴットフリーは “海の鬼灯” 側の人間なんだよ。それだから、奴らはゴットフリーを欲しがるんだ。至福の島、“レインボーヘブンの王”としてではなく、この世を崩壊させる“闇の王”として」


 しばらく考え込み、沈黙していたスカーがおもむろに口を開いた。


「なるほど……女神アイアリスに選ばれた“レインボーヘブンの王”そして、“海の鬼灯”が求める“闇の王”か。至福の島の伝説には、そんな裏側があったのか。で、今の警護隊長は“紅の邪気”の罠にまんまとはまって、闇の王になっちまってるってわけか」


「それは……少し違う……」


「ジャン?」


 急に口を閉ざし、うつむいてしまったジャンの顔をタルクは、訝しげに覗き込む。


BWブルーウォーターが……」

「BW?」

「“海の鬼灯”の罠に捕らえられたのではなく、あれはゴットフリー自身の選択だったんだ……」


 消え入りそうな声でジャンは言った。

「心が闇を向いてしまったから……BWが逝ってしまったことに耐え切れなくて……」


「何だって! BWが……逝った? 奴が死んだのか? そんな話は知らないぞ」


「……首を吊ったんだ。エターナル城の礼拝堂で」


 “BW、消えてしまえ! この世からお前は”


 熱に浮かされ、ゴットフリーがBWに言ってしまった言葉が何度も頭に浮かび上がり、ラピスは耳をふさぎたくなった。


 何という過ちを犯してしまったんだ。あの言葉を言ってしまったゴットフリーも、そして、自ら命を絶ってしまったBWも!



 何ともいえない重い空気が、宿営地に広がっていった。その中で、タルクは憮然と声を荒げた。


「そんな馬鹿なことがあるもんか! BWは白蛇に変化した王妃を追って礼拝堂へ行ったんだ。白蛇に殺られたってんならまだしも、首を吊る理由なんてないだろっ」


「白蛇? なるほど、それが王妃の正体か。そして、BWは白蛇と戦ったんだな。彼の死は……命を落とした……というのとは、少し違うかもしれない。BWは、人間としての姿を捨てたんだよ。奴はガルフ島で、“海の鬼灯”に翻弄されて島を飲み込んでしまったことを悔いていた。そして、レインボーへブンが海に沈んだ時に彼が飲み込んだ多くの命の幻影にいつも、心を痛めていた。“海の鬼灯”はそんな心の隙をついてくる。きっと、礼拝堂でも同じようなことがあったんじゃないのか。BWは、ガルフ島での惨劇を再び、このグラン・パープルだけでは繰り返したくなかった。だから、邪心が心に満ちないうちに自分の体を捨てたんだ」


「なら、またBWは蘇ることができるのか?」


 ラピスの問いに、ジャンは小さく首を横に振った。


「彼の意思は死んではいない。BWは今でも、レインボーヘブンに戻ることを願っていると思う。けれども、人間の姿に還ることは2度とないだろう」



 胸に詰まった苦々しい思い。それを取り除こうとするように、ふうっとスカーはタバコの煙を吐き出した。


「ひどいもんだな、何が至福の島の伝説だ。まあ、冷静に考えてみれば万人が幸せになれる場所なんて、あると思う方が浅はかなんだ。光ある所には必ず影がある。光の場所にいれるのは、よほど運がいいって奴なのかもしれねえな」


「そうとも言えないよ。伐折羅ばさらのように好んで影に向かう者だっているんだ。“光ある場所には影がある”その調和が保たれてこそ、本当の至福の島が生まれるんだ。ゴットフリーは光と闇の狭間を架ける者、二つの世界を同時に統べる力を持つ“アイアリス”が選んだ唯一の王だ。それだから、僕たちは光と闇、どちらの世界にいるかは関係なしにゴットフリーに魅かれてしまう。けれども、僕たちはあまりにも彼一人に期待を負わせすぎた。あいつの心にできた傷を癒してやることもしないで」


「心の傷ねえ……ゴットフリーてそんなにやわか。あの警護隊長の鋼の心臓は、雷に打たれたってびくともしねえんじゃないのか」


 冗談めかして言ったものの、タルクにぎろりと睨めつけられて、スカーは慌てて話題を切り替えた。まわりを軽く見渡して言う。


「全部を信じたわけではないが、ま、だいたいのことは解った。他に何かいい忘れていることがある奴はいねえか? クーデターの決行は明日だ。警護隊長が“闇の王”になって来るのかどうかは知らないが、俺たちの計画に変更はないからな」


「闇の戦士をひきつれてゴットフリーは必ず来る。スカー、だから奴が来る前になるべく素早く王を確保し、グランパス王国を制圧して! そして、住民たちを一ヶ所に集めるんだ」


 ジャンの言葉にリリーは眉をしかめる。


「住民たちを一ヶ所に集める? 一体、何をするつもり?」


「ゴットフリーが壊すなら、僕が守る! あいつがグランパス王国の崩壊を望むなら、僕はそうさせてやる。ただし、BWのような後悔の海の中にあいつを沈めるようなことだけはさせない」


「だから、罪のない住民たちを集めて……ジャン、お前が“闇の軍”から彼らを守ろうっていうのか。でも、白蛇や“海の鬼灯”のことを忘れてはいないか。奴らもきっと、この機に乗じてグラン・パープルを攻めに来る。へたをしたら、お前……、“白蛇”と“海の鬼灯”そして、“闇の戦士”その全てを敵にまわすことになるかもしれないんだぞ」


 タルクの問いに、ジャンはにこりと笑顔を浮かべた。


「それは、ありえないことだよ。少なくとも“闇の戦士”は決して、僕らに刃を向けたりはしない。ゴットフリーは僕が住民を守るのを邪魔したりはしない」

「ゴットフリーがそう言ったのか」

 その答えをジャンは、躊躇なく口にした。

「奴は何も言ってはいない。けれども、それは確かなことなんだ」

 

― 壊してしまえ。壊さぬことには、今の俺の気持ちは治まらない ―


 闇に包まれたゴットフリーの心の中で、唯一、僕に伝わってきた言葉。


 ― 壊すのは俺……けれども、お前は守りきれ ―


「僕は何があろうとも、グラン・パープルを守る! みんなの希望、そしてあいつが戻ってくる光の場所。それが消えてしまわないように」



 有無をいわさぬジャンの言葉に、反論する気にもなれず、スカーは、多少皮肉まじりに言った。


「クーデターを素早く終えて、住民たちを一ヶ所に集めるんだったな。“闇の軍”とか“海の鬼灯”なんて化け物は、俺たちじゃ、もう手に負えねえ。クーデターの後の俺たちの運命は、ジャン、全部お前に託したぞ。だから、グラン・パープルを守りきると言った、その言葉をお前は決して違えるな!」


 そして、スカーは鋭くジャンを見すえてから、くるりと背を向け他のメンバーが待つテントの方へ駆けていった。


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