第70話 サライ村の宿営地で

 暮れなずんでいたサライ村の宿営地の空が暗くなりかけた頃、ジャンが白い鳥に乗って宿営地に戻ってきた。


「ゴットフリーに会ったって? どこで?!」


 タルクはジャンから聞いた言葉に、フレアおばさんお手製のピカタの具を、口からぼろりとこぼしてしまった。


「東の海岸で……でも、もしかしたら、もうあれは元のあいつじゃないかもしれない……」


 その場に集まっていた、王女リリー、ラピス、スカーは腑に落ちない表情で、とび色の瞳の少年に目を向けた。


「闇の王か……? ゴットフリーは闇の王になってしまったのか」


 タルクの声は上ずり、あせりの色を帯びている。


「わからない。黒馬島の時とは違って、ゴットフリーと意志を通わすことはできたんだが……闇の王……今のあいつは、確かにそうなのかもしれない。闇を引き連れ、奴は来る。建国記念祭の日に、グランパス王国を滅ぼすために」


 沈黙の後に、最初に口を開いたのはスカーだった。


「おいおい、話がよく読めないぞ。クーデターに興味を示さなかったゴットフリーが、グランパス王国を壊したがる理由が、俺にはわからない。それに、闇の王って何のことだ? 前から胡散臭くは思ってはいたが、お前ら、今更、隠しことをしたって無駄だろ。もう全部話してしまえよ」


「それに、あの人が、私たちの城の迷宮で“レインボーヘブンの欠片”を探していた理由も!」

 たたみかけるように声をあげたリリーに、ジャンはぎょっと目を見開く。


 私たちの城? さっきから、どこかで見た娘がいると思っていたが……


「お前っ、ソード・リリーか! グランパス王国のお姫さんが、クーデター軍の中で一緒に晩ご飯、食べてるってどういうことだよっ!」


 だが、思いきり不審げなジャンを “その話はまた後で” とタルクが制止した。


「わかった。この際、すべてを話してしまおう。ここまでこじれてしまった事態が、この国……いや、この世を目茶目茶に壊してしてしまう……そんな悲劇を避けるためにも」


*  *


「レインボーヘブンの伝説を知っているか?」

と、タルクは問うた。


「それは伝説よ。500年前に海に沈んだ至福の島 “レインボーヘブン”は、その七つの欠片と住民たちが集まれば再び蘇るという」


 リリーの答えにスカーが補足した。


「そう。そして、俺たち、サライ村の住民はそのレインボーヘブンの子孫なんだ。そして、レインボーヘブンの欠片たちは……」


「そのことなら僕が話すよ。レインボーヘブンの七つの欠片の一つ、“大地”であるこの僕が」


 スカーを遮って口を開いたのは、ジャンだった。


「僕ら、欠片と呼ばれる者たちはレインボーヘブンが海に沈んだ後、長い時を眠り続けていた。そして、500年がたった今、再び、レインボーへブンを蘇らせるためにゴットフリーと僕の元に集結を始めたんだ。だが、僕が把握している“欠片”は今のところは五つまでだ。残りの2つはまだ分からない」


 その五つのうち、まずは、一つ目の僕、

 ジャン・アスラン、レインボーヘブンの欠片“大地”

 2.BWブルーウォーター“紺碧の海”

 3.霧花きりか“夜風”

 4.天喜あまきの白い鳥、伐折羅ばさらの黒い鳥、2羽で1つのレインボーヘブンの欠片 “空”

 5.黒馬島のクロ “黒馬島”


 ジャンがここまで話した時、タルクが驚いたように声をあげた。


「クロ? それって、ゴットフリーが黒馬島で伐折羅に刺された時に現れたあの少年か」


 確か、ジャンはクロはジャンの友達で、黒馬島が少年に具現化した姿だと言っていた。


「そう。あの時、ゴットフリーとクロちゃんの間にどんな話があったのかは、僕にもわからない。けれども、あんな風に、意志をもって姿を変え、しかもゴットフリーに会いたがる者は、“レインボーヘブンの欠片”以外には考えられない」


「でも、“黒馬島”が“レインボーへブン”の欠片だなんて、おかしいんじゃないのか。二つはそれぞれ別の島なんだろ」


「……だから、その答えはきっと、ゴットフリーが知っている。そして、それは僕たちには話したくないことだったのかもしれない」


 あいつは色んなことを一人で抱え込むタイプだからなあ……そういや、ここに来てから、あいつはろくに飯も食ってないんじゃないのか。


 テーブルに残された夕食の残りに目を向け、タルクはむっつりと口をつぐんでしまった。


 その時、二人の会話にリリーが割って入ってきた。


「ちょっと待って。ジャンっていったわね。あなたが“レインボーヘブンの欠片”だなんて、とても突拍子のない話だけど……エターナル城の迷宮で眠っていたという、もう一つの “レインボーへブンの欠片”の方はどうなったのよ。ゴットフリーはあの迷宮にそれを見つけるために忍び込んだんでしょ」


「“樹林”のことか……」


 苦々しく眉をひそめて、ジャンは言った。


「レインボーヘブンの欠片“樹林”……あれは偽者だ。迷宮の果てで水晶の棺に眠っていたのは、この城で死んだ誰か、ただの人間の屍だった」

「えっ?」

「偽 “樹林” を追って僕が本人から直接聞いたんだから、これは確かな話だよ」


 城で死んだ、ただの人間の屍……でも、それって誰の?


 不安と疑問がとめどなく胸に広がり、リリーの心は大きく揺らいだ。だが、屍のことよりも“ゴットフリーのこと”に気をとられていたジャンには、リリーの気持ちは伝わってはこなかった。


 ジャンは言う。


「“女神アイアリスに分けられたレインボーへブンの七つの欠片。その一つが水晶の棺に納められてエターナル城の地下で眠っている”それは、ゴットフリーを闇に誘うために紅の邪気によって仕掛けられた偽りの伝説だったんだ」


「何だって? 紅の邪気? まさか、この島まで、“うみ鬼灯ほおずき”に侵されちまってたって言うのか!」


「タルク……知らずしらずのうちに、あの邪気の“紅の罠”に僕たちはまた、入り込んでしまったようだよ」


 ぽつりとそう囁いたジャンの声音に、なぜだか苛立つ気持ちを止められない。ラピスは堪らず声を荒げた。


「ジャン、欠片の話はもういいから、ゴットフリーのことを話せよ。あいつはレインボーへブンの欠片とは関係ないんだろ? ならば、なぜ、欠片たちは奴の元へ集結する? そして、闇の王とは何だ? “海の鬼灯”って一体、何なんだ!」


 リリーとスカーはラピスの声に惹きつけられ、一様にジャンの方に目を向けた。


「ゴットフリー……あいつは500年前、レインボーへブンを襲った盗賊たちの長の末裔だ」


「えっ?」


「そして、レインボーへブンの守護神アイアリスが選んだ。蘇る“レインボーへブンの王”なんだ」

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