第69話 お前は滅ぼせ。僕が守る

「ゴットフリー! 馬鹿なまねはやめろっ!」


  ジャンの言葉が終わらぬうちに、斬りこんできたゴットフリーの剣。危うく胸を貫かれそうになりながら、切っ先を交わしたが、以前の彼とは圧倒的に違う力とスピードに、ジャンはひやりと汗をかいた。


 こいつは……手ごわい。前のように刃を素手で止めるなんてできそうもない。いや、あの闇馬刀やみばとうで闇の扉を開かれでもしたら、僕の力などゴットフリーには及びもつかないぞ。


 闇馬刀を封じなければ……今の僕に勝機はない!


「ジャン、迷うな! そんなにこの世を救いたいのなら、今、ここで俺を消し去るがいい!」


 それでも、迷わずにはいられなかった。その一瞬の隙を貫くように、ゴットフリーは闇馬刀をジャンの胸に突き立ててきた。


「あっ……!」


 激しい痛みが体を貫いてゆく。闇馬刀の切っ先が体を突き抜けてしまった時、ジャンは驚いたようにゴットフリーの顔を見た。そして、凄まじいまでの咆哮の声をあげた。


 うおおおおおおおっっ!!


 大地が震え、蒼の風が爆風となる。ジャンの胸に闇馬刀を突き立てたまま、ゴットフリーはかすかに笑った。

 髪が逆立ち、とび色の瞳が黄金の光を帯びてゆく。

 激しく光を放つ瞳でゴットフリーを睨めつけてから、ジャンはゆっくりと手を闇馬刀に伸ばしていった。そして、漆黒の刃を力をこめて握り締めた。

 蒼の光に覆われたジャンから零れ落ちた光の粒が、その手を伝わり闇馬刀の中を駆け抜けてゆく。


 すると……

「ジャン、思い出さないか。あの時、ガルフ島でもお前は俺の黒剣を白銀の剣に変えたんだったな」


 ジャンの力で徐々に白銀に色を変えてゆく闇馬刀の刀身。それを見据え、ゴットフリーは胸がすくような笑顔を浮かべた。


「だが、何度もそんな真似ができると思うなよ。今の俺は、この闇馬刀をお前の胸に突き刺したまま、闇の扉を開けることだってできるんだぞ」


 シャドー・クロス “闇の十字”

 それをお前の体を引き裂きながら、空に描けばいいだけの話。


「ゴ、ゴットフリー、お前……」


 痛みが怒りと混ざり合って、ジャンの体は更に強く蒼い光を放ちだした。


 闇馬刀を封印せねば、僕はゴットフリーに勝つことはできない!


 見交わすゴットフリーの灰色の瞳とジャンの黄金の瞳が、激しく火花を散らした。闇馬刀の刀身は柄の近くまでが白銀にかわりつつあった。

 ……が、その時


「……止めた」

 突然、ジャンが握り締めていた闇馬刀から手を引いてしまったのだ。


 しゅんと消えてしまった蒼の閃光。

 再び元の漆黒にもどってゆく闇馬刀。

 ゴットフリーは虚をつかれたように灰色の瞳をジャンに向けた。


「何のつもりだ」

「ゴットフリー、もう、お前の好きにさせてやる。だから、この剣を僕の胸から抜いてくれ」

「……早々と負けを宣言するわけか」


 ちっと舌を鳴らしてから、ゴットフリーはジャンの胸を貫いている闇馬力を力まかせに引き抜いた。


「痛っ!」

 胸を押さえて、ジャンはしばらくその場にうずくまる。


「畜生……情け容赦もないんだな。せめて、もっとゆっくりと引き抜けよ。いくら僕だって心臓が止まればこの体の中にはいられないんだから」


 だが、剣を抜いたとたんに消えてゆくジャンの胸の傷に目をやり、ゴットフリーは皮肉な笑みを浮かべた。


 胸を剣で貫ぬいたぐらいで、ジャンを殺せるとは思いもしないが、この凄まじいまで攻撃力と癒しの力……こいつを倒せる奴などこの世にいないのではないか。


「ゴットフリー」

 ジャンが言った。

「お前が滅ぼしたいというなら、もう僕は邪魔はしない。僕はお前に逆らえない」

「……レインボーへブンの欠片“大地”とは、思えない台詞を吐いたな。ジャン、お前はそれでいいのか」

「ああ……構わない」


 少し沈黙した後に、

 そうかと、ゴットフリーは、つまらなそうに闇馬刀の柄から手を放した。


 東の海岸の浅瀬の中に消えてしまったその刀身。すると、それと入れ替わるように、波の間に黒い馬が姿を現した。

 二人の周りに浮かび上がっていた闇の戦士たちが、ただの闇に還ってゆく。

 すると、ジャンが言った。


「ゴットフリー、お前は言ってたな。時が経つのを待っているって……それは、いつのことなんだ?」


 黒馬の背にまたがりながら、ゴットフリーは言った。


「建国記念祭。王女との約束の日だ。その日、俺は王妃を斬り、そしてグランパス王国を崩壊させる」

「明日の建国記念祭か……皮肉な話だな。その日を王女が選ぶなんて……」


 不気味なくらい成りを潜めてしまった“うみ鬼灯ほおずき”。きっと、奴らもその日を待っているんだろう。“闇の王”がこの国に降臨する時を見すえて。


 ジャンは、闇の向こうに去ってゆこうとするゴットフリーに言った。


「お前は滅ぼすがいい。僕が守る! それでいいんだろ?」


 ゴットフリー、それがお前の真意なのだろう?


 黒馬の背にまたがり、ゴットフリーは振り返りもせず問いかけてきた。

「……ジャン、どうして戦いから手をひいた? なぜ、闇馬刀を封印しなかった?」


 ジャンは迷いもなく答えた。

「僕はお前を信じているから!」


「……殊勝な話だな。甘すぎて、かえって末恐ろしくなる」


 吐き捨てるように言ってから、ゴットフリーは黒馬とともに、闇の戦士が待ち受ける闇の中へ消えていった。

 再び、午後の日差しが戻ってきた海岸の浅瀬に立ち、ジャンは放心したようにその様を見つめ続けていた。


 だって、ゴットフリー、お前の闇馬刀は、僕の心臓を貫きはしなかった。微妙にそれを避けたのは、やり損ねたわけではないのだろう?


「レインボーヘブンの王。それこそが、お前の本性。そのことを疑ったことなど、僕は一度だってありはしない」


 だから、必ずお前は帰ってくる。

 僕らの元へ、光の向かう場所へ!


 僕はそれを信じているんだ。


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