第65話 水磔
「スカー、これってかなりマズイことになってないか」
エターナル城に隣接したグランパープルの東の海岸。
その浅瀬に備え付けられた5基の
罪人を逆さにしばりつけた十字架を水際に立てて、潮の干満によって溺死させる刑。
海岸の周囲には刑の執行の御触れを聞きつけてきた野次馬たちが、早朝にもかかわらず、かなりの人数集まってきている。
* *
「陛下、わくわくしませんこと? 建国記念祭の余興としては、最高のイベントになりましたわね」
特設された貴賓席でしまりのない笑顔を浮かべた王に王妃が微笑みかける。それに物見遊山な貴族たちが相づちを送ると、ほどなく数人の衛兵に連れられて捕らえられたスカーの5人の仲間たちが引き立てられてきた。
「
磔台に有無をいわさず逆さに縛りつけらる仲間の様子をスカー、タルク、ラピスの3人は、海岸の近くの林に身を隠しながら覗っていたが、
「なら早く行って!」
背後からかけられた声にぎょっと後ろを振り返った。王宮から、こっそりと抜け出してきた王女がそこにいた。
「ソード・リリー!」
「早くしないと本当に潮が満ちてしまうわよ。あの人たちが波でおぼれてしまう前にあの磔台を叩き壊して!」
紫暗の瞳で鋭く見つめ、リリーは言った。
「あなたたちが捕まっても私が後から何とかするわ。だから、早く!」
そうこうしているうちに、本当に潮が満ちてきた。
「見てみろよ。あの囚人たちの引きつった顔!」
「自業自得だ。宮中の物を盗もうなんて考えるからだ」
海岸のあちらこちらから興奮気味の歓声があがる。磔台に逆さに縛り付けられた囚人たちの頭にあった海の水が、徐々に額へと水かさを増やしてゆく。それに怯えた彼らの表情が、観客たちのテンションをさらに引き上げた。
「わかったっ。お姫さん、その言葉、忘れるなよ! ラピス、タルクっ、俺の後に続けっ」
林を飛び出したスカーの手元が大きく弧を描くと同時に、白煙筒の煙が辺りに広がった。それにむせて少しひるんだタルクの横を、お先に! と、弓を構えたラピスが平然と駆け抜けてゆく。
「な、何だ、お前は武芸大会の優勝者じゃないか。怪しいと思っていたら、お前、やっぱりこの盗賊たちの仲間だったんだな!」
浅瀬の中で囚人たちを監視していた衛兵たちは、突然、巻き起こった白煙にむせ返り、浅瀬に現れた大男の姿にぎょっと目を瞬かせた。
「その通りだ。俺たちは“長剣のタルクとその一味”の盗賊だっ。仲間を返してもらいに来たぞ!」
白煙の間からスカーが叫ぶ声がする。
その瞬間、ラピスの弓がひゅうと風を切った。すると、磔台の近くにいた数人の衛兵がばたばたと海の中に倒れこんだ。
タルクはその様に呆れたような顔をする。
ラピス……あいつ、本当に何も見えてないのか。いや、この煙の中じゃかえって、あいつの方が有利だな。
でも、やっぱり盗賊の首領は俺か?
苦い笑いを浮かべた後で、タルクは折れた肩とは逆の腕一本で背中の長剣を抱えあげた。
「退け! 水磔なんてとんでもねえ!」
集まってくる衛兵たちを一振りでけちらすと、タルクは長剣を力まかせに磔台に向かって打ち下ろした。
「ちょっと乱暴だけど我慢できるな!」
根元から折れて崩れてゆく磔台。縛り付けられた仲間の無事を見定め、少し薄れた白煙の間から、観客たちを睨みつけて、タルクは大音声で叫ぶ。
「お前ら、まだ懲りないのか。こんな馬鹿げたお遊びはいい加減に終わりにしろ。でないと、この長剣で全員、ぶった斬るぞ!」
その時、背後から斬りかかろうと衛兵たちが、タルクの傍に近づいてきていた。ところが、歩を進めた瞬間、どこからともなく飛んできた矢に返り討ちにされてしまった。
「俺らとお前らとは戦力が違う。そこんこと、わかっとけよっ!」
タルクは長剣を振りかざし、仁王そこのけに言い放つ。
といっても、ラピスとスカーだけだが……ま、下手な近衛兵よりはずっと頼りになるか。
「死にたくない奴は、邪魔すんな!」
数的には少ない戦力を誤魔化すように、わざと大げさに声をあげてから、次の磔台に長剣を振り下ろす。それから、タルクはさらに凶暴な顔であたりを見回した。
ざわと観客たちが後ずさりした隙に、スカーがラピスに声をあげた。
「残りの磔台は俺が破壊するっ。タルクが奴らを引き付けてる間に、ラピス、お前と俺で仲間を下ろしてやるんだ」
大音響とともに舞い上がる赤い炎。磔台の根元にスカーが仕掛けた小型爆弾が破裂したのだ。その音を聞いてラピスは、
「わかった。タルクもなかなかの役者ぶりじゃないか」
弓矢をひょいっと肩にかけ、ラピスはあっという間に白煙の中へ消えていった。
一方、スカーはあらかじめ用意しておいた小刀を口にくわえると、爆発で倒れた磔台の間をすらすらと通り抜け、仲間が拘束された綱を切っていった。
* *
「近衛兵、何をやっているの! 早くあの男を捕まえて!」
「待って、殺しては駄目。生け捕りにして!」
慌てて声を荒げたリリーに王妃は冷たい一瞥を送りながら言った。
「当たり前じゃない。殺すなんてもったいなすぎる。でも、あの大男は私の物なんですからね、横取りは許さないわよ」
リリーは苦笑しながらも、今回ばかりはちょっぴり王妃の“変わった好み”に救われたような気がした。
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