第61話 夢の欠片
「もしかして、あなたたちは、ラピス・ラズリの両親?!」
ジャンの言葉に、家の中には一瞬の沈黙が流れた。
その直後、
「あなたは、ラピスの友達なの!? あの子は元気にやってる?」
「きちんと医者の仕事はこなしているのか?」
矢継ぎ早に尋ねてくるラズリ夫妻の質問ぜめに、ジャンは苦笑する。それでも、ラピスの友達というだけで、突然訪ねてきた客を怪しむでもなく、心を許して話しかけてくれる二人の姿に、
本当にラピスは可愛がられて育ったんだなあ。
ジャンは、手渡された暖かいお茶をすすりながら、羨ましいような気分になってしまった。
すると、ジャンの気持ちを察したかように、ラズリ夫人がこんなことを言い出した。
「あの子は目が見えなくても、普通以上に何でもこなすけど、生まれた時には本当に大変だったのよ」
唐突なその言葉にジャンは、戸惑う。
「大変? ラピスが……やっぱり目のことで?」
ううん。そうじゃなくて、
と、夫人は少し厳しい表情をした。
「実はね、あの子は……死んで生まれた子だったの」
「えっ」
ラズリ夫人は驚いた様子のジャンに、慌てて笑顔を作る。
「そんなにびっくりしなくても大丈夫よ。生まれてしばらくの間は息がなかったけど、その後すぐに産声をあげたから……でも、目だけはその影響からか、見えなくなってしまっていたのだけれど」
「それって、ラピスは生まれてから今まで、一度も自分の目で何かを見たことがないってこと?」
そうねと、ラズリ夫人は少し寂しげに答えたが、それを補うようにご主人が言った。
「でも、あの子は見えないモノまで感じとってしまう“心の目”ってやつを持っている。ラピスには他の人とは違う類まれな才能がある。だがね、それがかえって、わしらを不安にさせるんだ」
「不安って、何で?」
ジャンの質問に、ラズリ氏はこう答えた。
「あの子は、こんな小さな島にもどってくるような子じゃないような気がするんだ。いつかどこかへ、それも、手の届かない遠い場所へ行ってしまう……わしらには、そう思えて仕方がないんだよ」
そうこうしているうちに、窓から薄日が差し込んできた。
すっかり、話し込んでしまっているうちに夜が明けてしまったのか。
「僕はもう、行かなくちゃ。本当にお世話になりました。ラピスの両親とこんな所で会えるなんて思ってもみなかったけど、話が聞けて良かった」
「行くって、どこへ?」
「グラン・パープルへ」
急いだ様子で出てゆこうとするジャンを、ラピス夫妻はあえて止めようとはしなかった。ジャンと話しているうちに二人は、彼から感じ取ってしまっていたのだ。ラピスと同じこの世を超越した力のようなものを。
* *
海岸まで、見送りに出てくれた二人にジャンは笑顔で言う。
「心配しないで、ラピスはちゃんと、ここへ帰ってくるから」
突然、舞い上がった白い風に、ラズリ夫妻は目をみはった。
眩く輝く朝日の中で大きく翼をひろげた純白の鳥
その鳥の背に飛び乗り、ジャンは強い調子でこう言った。
「僕がラピスをここへ帰すから!」
―
その背の上から、ジャンはラズリ夫妻に何度も手を振り、朝日の方向へ飛び立っていった。
グラン・パープルへ向けて去ってゆく白い鳥の透き通った輝きを見つめながら、ラズリ夫人がこう言った。
「驚いた……あの子は、天から舞い降りてきた少年だったのかしら。でも、名前も聞かなかったけど、彼はいい子ね。……ねえ、あなた、あんな友達がいるんだもの。私はラピスが帰ってこなくても、仕方がないと思っているの。あの子はここに留めておくべき子じゃないって、あなたもわかっているのでしょう」
ラズリ氏はそれに深く頷いた。
「ああ、わかっているさ。それでも、やはり寂しいもんだなあ」
二人は静かに肩を寄せ合い、いつまでも遠ざかってゆく白い鳥を見つめ続けていた。
.
* *
なぜ、眠らせようとする……? それなのに、なぜ、俺を呼ぶ……。
同じ疑問が波紋となって、頭の中に繰り返される。だが、サライ村の宿営地で、深い眠りの中に自分を引きとめていた“海の歌”が突然止まってしまった時、ゴットフリーはゆっくりと重い瞼を開いた。
薄い朝日が窓辺から、寝入ってしまった小屋の中に差し込んでいる。
ぼんやりと部屋の中を見やった時、ふと頭をよぎったよく似た記憶。
ここは、宿営地の小屋か? また俺はここで目覚めたのか……だが、確か前にも同じようなことが……いや、違うな。あの時はもっと体が熱くて、ひどく悪い夢を見ていた……。
“ゴットフリー”
聞きなれた、透き通った声……
“良かった。気がついたんですね”
紺碧の海に人々が飲み込まれてゆく、残酷な夢。
その瞬間、ゴットフリーは愕然と口元を押さえ、ベッドの上にがばと身を起こした。
俺は、BWに何を言った?
“お前、何も覚えていないのか”
ラピスが言ったあの言葉。
何もない空間に視線を向ける。その位置がゆらりと歪んで見えた。それと裏腹に徐々に鮮明になってゆく記憶。
“BW、消えてしまえ! この世からお前は……”
― 永遠に ―
「馬鹿な!」
ゴットフリーがそう叫んだ瞬間、目の前が黒く輝いた。空中に徐々に形をなし、彼の前に、水平に浮かび上がった黒刀の剣。
戸惑い、心乱して響いてきた“海の歌”
今まで聴いたこともない、切なすぎるあの旋律……
闇馬刀の柄に手をかけ、その刀身に目を向ける。灰色の瞳に映し出された一本の道。闇馬刀の中には、闇へと続く道がある。
俺がおとしめた……俺の言葉で
BWを闇の向こうへ
どこからか聞こえてくる馬の蹄の音。
闇馬刀の中に走る一本道に目をやり、その消失点からこちらに駆けて来る黒馬を見すえると、ゴットフリーはかたく結んだ唇をわずかに開いてつぶやいた。
“シャドウ” ― 暗黒の道を駆けてくる黒馬 ―
「ならば、ここに来い! 俺を闇の中に連れてゆけ」
BWを闇になど行かしてたまるものか!
あれは、俺のことを一番知っていてくれた……ガルフ島警護隊隊長参謀。
そして、
失くすわけにはゆかない、夢の欠片。
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