幕間 ~ グウィンの疑問


 黒馬亭の中庭。

 正午の日差しと南風が、円卓に集った面々に春の温かさを運んできてくれる。ランチがてらに、御典医のラピス・ラズリから ”レインボーヘブンの伝説”の続きを聞いていたのは、あと少しで16歳になる双子の姉弟 ― 迦楼羅かるらとグウィン ― だった。


「ええっ、待って、待ってぇえ! ラピスの馬鹿っ、ジャンに向けて弓を射るなんて、だめええぇ!」

 

 素っ頓狂な声をあげて、食卓から立ち上がった迦楼羅。

 揺れて、下に落ちそうになったサンドイッチの皿を、グウィンが慌てて取り押さえる。

 今にも食いついてきそうな勢いの少女を、ラピスは苦笑いを浮かべて手で制す。


「迦楼羅、落ち着け!過去の話だ。それに、ジャンにとっては俺の矢くらい、何てことなかったんだから」


「でもっ」


 そんなラピスをグウィンまでが、訝しげな目で問い詰めてくる。


「でも、ジャンはいいとしても、ラピスさんだって怪しいぞ。だって、ゴットフリーさんの体に入りこんでいた闇の戦士を、素手で浄化したってどういうこと? もしかしたら、レインボーヘブンの欠片とラピスさんは何か関係があるの?」


 普段は穏やかな少年の灰色の瞳が、鋭くこちらを見すえている。叔父のゴットフリー譲りの視線を向けられると、さすがのラピスもタジタジになってしまう。


 まいったな。天喜あまきは外出中だし、双子の母のココは、今日も仕事でランチには来れなかったし……俺に助け舟を出してくれる者は、ここにはいないのかよ。


 すると、フレアお婆さんが、紅茶とポテトサラダをトレーに乗せてやってきた。


「ほらほら、あんたち、物には順番ってものがあるんだ。あんまりラピスを困らせると、話の続きを聞けなくなるよ」


「だってえ、フレアおばあちゃん、この人、怪しいんだもん」


 口をへの字に曲げてラピスを指さした迦楼羅。その頭をフレアお婆さんが軽く小突く。


「そんなことを言うんじゃないよ。あの時、ラピスがいてくれて本当に助かったんだから。息絶え絶えの警護隊長が運び込まれてきて、わたしゃ、心臓が凍り付いた。本当に死んでしまうかと思ったんだから」


 それを聞いていたラピスは、少しおどけた風に、


「さすがはフレア婆さん、お心遣いに恐縮いたします。まぁ、結果的に、あの時、ゴットフリーを助けたのはジャンの力が大きかったんだけどな」


 それでも、グウィンはまだ聞き足りない様子で、


「それに、温泉でゴットフリーさんと対峙したリュカ ……いや、女神アイアリスの変わりようにも驚いたな」

「あーっ、あの時はどきどきだったねー。あやうく、ゴットフリーが誘惑されそうになって、どうなるかって思っちゃったわ」


 だが、迦楼羅を横目に、グウィンはラピスに問うた。


「あの時、霧花きりかさんはアイアリスの後悔の心が、うみ鬼灯ほおずきにつけこまれたんだって言っていたけど、もしかしたら、エターナル城の王妃にも、海の鬼灯が何かを仕掛けていた……んじゃないだろうか」


 ラピスはそんなグウィンを見て目を細める。こういうところは、本当にゴットフリーの血を引いているだけはあるな、と。


「まぁ、それは次に俺たちが起こした”王宮でのクーデター”の話の中で分かることだ。俺の秘密も……ちょっとはな」


 その時、黒馬亭の中から頬に傷のある男が出てきた。それは、政治家で建築士のスカーだった。


「おお、いよいよ、クーデターの話か。ラピスが双子にレインボーヘブンの伝説を話してると聞いて、黒馬亭に来てみたが、ちょうど良かった。あの時のことは、今、思い出しても、身の毛がよだつし、心が高ぶる。俺も話に加わってもいいよな」


 どさりと双子の横の椅子に座ると、スカーはフレアお婆さんに言った。


「俺にもサンドイッチ、大盛で持ってきてくれ! それと珈琲も」

「はいはい。珈琲はブラックで思いっきり濃いやつだったね」

「私も紅茶のおかわり!」

「はいはい」

「こらっ、迦楼羅っ、言うだけじゃなくて、ちゃんと、フレア婆さんを手伝えっ」


「あ、僕、手伝うよ」


 ラピスに叱られて、慌てて席を立ちあがったグウィン。

 フレアお婆さんは笑って、グウィンと共に厨房へ入って行った。


*  *


 黒馬亭の円卓にたっぷりのサンドイッチと飲み物がそろった。

 そして、ラピスは再び、彼らに物語の続きを語りだした。


 崩れてゆく繁栄の王宮と、その光になろうとした王女。彼女の運命を託されたゴットフリーと、その仲間たち。


 ”レインボーヘブンの伝説 第三章”の続きを。


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