第39話 ラピスの矢

 ゴットフリーが運び込まれたクーデター部隊の隠れ家。


 ラピスの射た矢が、ジャンの胸に一直線に飛んでくる!


 慌てるでもなく、ジャンは手のひらを飛んでくる矢に向かって開いた。けれども……


 ええっ?


 タルクが目を丸くするのも無理はなかった。ラピスの矢は遮られるどころか、ジャンの手の中へ吸い込まれるように、消えてしまったのだ。

 その瞬間、蒼の旋風は嘘のようにぴたりと止まった。


「ジ、ジャン、大丈夫か!」


 ジャンの元へタルクが大急ぎで駆け寄る。

 飛び散った家具やガラスの中でジャンは、きょとんと目を見開いて立っていた。


「矢は? 矢はどこへ行った。まさか、体を貫いちまったんじゃないだろうな」


 ジャンは自分の心臓あたりを指差して言う。


「手のひらから吸収されて腕を通って、多分、ここん所で止まってる」

「何ィ! 心臓に入ってんのか! ラピスっ、お前、何てことしやがるんだっ」

「知らねえよっ、何も俺には見えないからなっ。だいたい、心臓に矢がつきささって、平気でいられるわけがないだろ」


 確かに……な。


 タルクは、改めてジャンの方をしげしげと見つめる。心臓に矢が入ってるっていったって、外側からは何もわからない。すると、


「いや、何か胸のあたりがすっきりしてるんだ。妙に落ち着いた気持ちというか……」

 と、ジャンは大きく一つ深呼吸をした。目茶目茶に壊れた部屋の中を見渡して言う。


「僕、何でこんなに暴れてしまったんだろう」


  すると、遠巻きにジャンの様子を覗っていたラピスが近づいてきた。


「ちょっと、診せてみろ」

 と、ジャンの胸元に手を伸ばす。かすかに光るその指先が……、そのとたん、


「あれっ? 消えた」


 ジャンは不思議な面持ちで、自分の胸に手をやった。

 先ほどまで感じていた矢の感触が、溶けるように消えうせてしまったのだ。


「確かにここに刺さっていたと、思ったんだけどなあ……」


 怪訝な顔でラピスがジャンに言う。


「気のせいだろ。だいたい、矢が手から吸収されて心臓に刺さるなんてありえない。ジャンはゴットフリーの姿を見て興奮してたから、おかしな気分になったんだ。言っとくがな、俺は急患で運びこまれたゴットフリーを診てただけなんだぞ。変に誤解しやがって」


「……なら、お前が射た矢はどこへ行ったんだよ?」


 知らねえよ。そんなこと……。


 ラピスは、少し戸惑いながら、“そんなことよりこっちの方を心配しろよ”と、ベッドに横たえたままのゴットフリーの方へ歩いていった。


*  *


「スカー、早くっ、頭がよくても体力ないと、役立たずっていわれるよ!」

「余計なお世話だ。それにあいつらの役になんて立ちたくもねえ!」


 馬を降り、ゴットフリーがいる小屋に駆けてゆくココをスカーが追う。手にはラピスに頼まれた診療用のかばんと薬品箱をかかえている。


「ココ、お前、どっちか一つくらい持たないか! 俺は荷物持ちじゃないんだぞ」


 だが、その時、スカーを呼び止める仲間の声がした。


「スカー、どこに行ってたんだ! 大変なことが起こったっていうのにっ」

「……どうしたんだ。血相変えて」

「仲間がドジ踏みやがった。王宮へのトンネルを掘ってた時に、近衛兵に捕まった」


 ぎょっと目を見開いたスカー。


「何っ、それでトンネルは?」

「掘っていた2本のうち北側の1本は見つかった。西側はまだ無事だ」


 まずい。これで、反乱分子がいることを王宮に知られちまった。それに、西側のトンネルをうまくカモフラージュしとかないと、計画自体がご破算になる。


 スカーは、ちっと舌を鳴らしてから言った。


「で、つかまった奴らは何人で、今はどうしてる」 

「5人。今は、捕らえられたままだが……建国記念の日に、水磔すいたくにされる」

「水磔?」

「最近、王族が好んでやる刑罰だ。罪人を逆さにしばりつけた十字架を水際に立てて、潮の干満によって溺死させる……」

「くそっ、いかにもあいつらが好みそうなお遊びだな。何とか、建国記念までに仲間を助けださないと……そうだ……BWブルーウォーター! BWはまだ、警護隊長のところだな」


 その言葉を言い終えないうちに、スカーは、ゴットフリーがかつぎこまれた小屋に向かって駆け出していた。その後をココが慌てて追う。


「スカー、待ってよっ、私も行くっ」

「さっさと走れっ、お前の取柄は!」


 容赦ない言葉に、ココは少し頬を膨らませたが、今は怒っている場合じゃない。


そう、走らなきゃ! もう、立ち止まってはいられない。


*  *


 ゴットフリーが運び込まれた小屋から、そう離れていない仮屋かりや

 ここは、仲間たちの食ことの世話を一手に引き受けてくれているフレアおばさんのために、スカーが用意した厨房兼寝泊りができる場所だ。


「あいつにベッドを渡しちゃったら、フレアおばさんが寝る場所がなくなるじゃん」


 厨房の机に肘をついてココが言う。大破した小屋に病人を置いておくわけにもいかず、ラピスたちはゴットフリーをこの仮屋の方へ移したのだ。


「いいんだよ。あんなに熱が高くて苦しそうな警護隊長を放っておけないじゃないか。ここの宿営地でまともに眠れるのは、あの小屋とここくらいなもんなんだから。わたしゃ、ココたちとテントで寝ることにするよ」

「……にしても、何であの小屋があそこまで壊れちゃったのよ」

「さあ……でも、急に蒼い光が見えた瞬間、すごい風が吹いたんだよ」


 蒼い光……そして、旋風。ジャンだ。そんなことができるはジャンしかいない。


 ココは、小さくため息をついた。ココを知らぬふりをしたジャン。隣の部屋へ飛びこんでいって、彼に“なぜ”と聞いてみたい。けれども、ココは心を決めかねていた。


「それより、警護隊長は大丈夫なのかねえ……」


 フレアおばさんは、心配顔でゴットフリーたちがいる隣の部屋へ目をむけた。


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