第4話 ARM WRESTLING
城下町の“腕ずもう”大会。
「なんだよ。もう終りかあ。思ったよりつまんないもんだな」
ジャンが大あくびをしながら言う。
タルクに秒殺でなぎ倒された男たちの数が、30人を越えた時、さすがに挑戦者に名乗りをあげる者はいなくなった。
「あいつ何者だ。ここの大会はけっこう賞金が多いんで、島以外の人間がやってくるのは珍しくも何ともないが……」
「きっと、あれは海賊の首領だ。あの背の剣の長さを見てみろよ。きっとあれで何百人も斬り殺してきたんだぜ」
汗の一つもかくでもなく、平然と立っているタルクの姿を酒の肴に、観客たちが好き勝手に噂を始める。
“海賊の首領が、“腕ずもう大会”なんかで、ちまちまと賞金を稼ぐかい!“
いささか、退屈になってきて、タルクは審判の男に言った。
「おい、もう挑戦者はいないんだろ。なら、優勝は俺だな」
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、船の資金難、解消のためには仕方ないと、タルクは自分で自分を慰めてみる。ゴットフリーを先頭に船には、そんなことに気を配る奴なんて居やしない。俺がいないと、レインボーへブンを見つける前に、十中八九、船は破産する。
しかし、タルクの快進撃を面白く思わない者がいるのは、当たり前のことで、おまけにそれが“腕ずもう大会”の主催者だったものだから、質が悪かった。
「オヤジよ、優勝者は事前に頼んでおいた男に決まりで、賞金払わずに、参加金と掛け金を丸儲けって話はどうなったんだ」
ヤクザ風の男が、場をしきっていた中年男に悪態をつく。
「あいつは、今まで誰にも負けたことがない奴だったのに……おまけに、賞金2千ラベルなんて最初から用意なんてしてねえぞ」
「どうするよ?」
オヤジは、苦々しげに、タルクを睨めつけていたが、
「あの大入道、調子にのりやがって、ちょっと耳かせ」
耳打ちされたヤクザ者は、中年男から手渡された品を手にすると、にやりと嫌な笑いを浮べた。
「ちょっと、待て。まだ、挑戦者はいるぜ!」
進み出てきたヤクザ者を見て、タルクは眉をしかめた。悪い顔色、うつろな目。身の丈はそれなりにあるのだが、筋肉はそげおちて一見しただけでも薬中毒の臭いがぷんぷん漂ってくる。
こんな奴が挑戦してくるなんて、俺もなめられたもんだ。
だが、タルクはその男の利き手を見て眉をしかめた。それは、どこぞやで悪事を働いた時にでも失ったのか、 作り物の手、すなわち“義手”だった。そして、更に驚いたことには、その義手は、節の一つ一つまで黒光りした鋼鉄製だったのだ。
「おい、そのいかにも強化されてる作り物の手は、規則違反じゃないのか。そんなので思い切り握られたら、こっちは、たまったもんじゃないだろ」
「別に強化なんかされちゃいないぜ。生身じゃない分、動かしづらくて俺の方が不利なんじゃないのか。どうしても疑うってんなら、ほら、審判、見てくれよ」
ヤクザ者はそう言って、審判の男に自分の手を差し出した。お愛想程度にそれを検分してから、“特に問題なし”と、告げる審判にタルクは半ば諦め加減で声を荒げた。
「なら、とっとと勝負つけてしまおうぜ。俺はいい加減、こんな勝負に飽きてきた」
「それなら、さっさと負けてしまえ」
「何っ! ふざけやがって」
熱くなって、男の襟首をつかもうとしたタルクを審判が静止する。この審判でさえ、主催者の回し者だった。ただ、タルクのあまりにも早い勝ちに、偽りの判定を下そうにも、その機会に恵まれなかっただけなのだ。
「では、始めっ!」
ヤクザ風の男が、組みあわせたタルクの手をぎゅっと握り締めた。その瞬間、タルクは手のひらに、チクリと嫌な痛みを感じた。
何っ、腕に力が入らないっ。
勝負は一瞬のうちに終わった。
タルクの太い腕は、ヤクザ者の男の手によって、完全に机に押し付けられていた。
「すっげえ! 大入道を倒したぞっ!」
まわりから、どっと歓声があがる。
「タルクっ、お前が負けるなんて、どうしたんだよ!」
ジャンが慌ててタルクに駆けよってきた。いくら、相手の手が鋼鉄だからって、あんな瞬時にタルクが負けるなんて信じられない。合点がゆかない様子で、その顔を下から覗き込む。
「畜生っ、腕がしびれちまって、力がでない。やっぱり、あいつ、手に何か細工してやがる」
タルクは、悔しげに右の手のひらをジャンにむけた。かすかに小さな穴があき、血がにじみ出ている。
主催者のオヤジは、狡猾な笑いをもらして、ヤクザ者にほくそえむ。
「よし。首尾よくやった。エターナルポイズンの効き目は抜群だな。なあに、大丈夫。手のひらに隠した毒針に触れた程度だ。この毒はほんの少量なら、手や腕がしびれる程度だ。いくら外海の奴とはいえ、殺しちまったら洒落になんねえからな」
ヤクザ者は、誇らしげにタルクを見やる。
「大入道よ。人を見た目で判断しないことだな。ま、俺みたいな不自由な手でも、体の奥底に力を秘めた人間もいるってことだ。お前もいい勉強になっただろ」
タルクは、苦々しく男をにらみつけた。
「ちっ、ふざけんなよっ。この野郎っ、何が奥底の力だ。調子にのりやがると、長剣でぶった斬るぞ」
だが、剣をとろうにも、腕にまったく力が入らない。
その時だった。
「待てよ! 今度は僕が挑戦する」
憮然とした表情で、ジャンが前に進み出たのだ。
「お、おい。お前が出ちゃ、笑い話にもならんだろ」
ジャンは、レインボーヘブンの大地の力を内に秘めている。へたをすれば、相手をあの世へ送りかねない。
タルクはあせった様子でジャンを止めたが、
「手加減するから。だって、このままじゃ、引き下がれない」
タルクは、その言葉を聞いた瞬間、にやりと笑い、行ってこいとばかりに、ジャンの背を押した。
「何だあ、ずいぶん、威勢のいい小僧が出てきたぞ。お前、いくつだ。15それとも16か? そんな細っこい手で俺に挑戦?」
ヤク中でも、ジャンよりは体格はいい。それに子供なんぞとは場の踏み方が違う。毒など使わなくても楽勝だなと男は笑った。
「やってみなきゃ、わかんないよ。審判、早く始めて」
と、言ってから、ジャンは、あ、ちょっと待ってと言葉をつけ加えた。
「この対戦の前に決めておこう。これで勝った方が優勝ってことでどうだ?」
ヤクザ者は大声で笑う。
「自信満々ってところか。別に俺はかまわないぜ。いい加減に勝負をつけないと、見てる奴らも退屈だろうしな」
そうだ。そうしろと、誰かがおもしろ半分に叫ぶ。この時点ではジャンの勝ちなんて、考える者は一人もいなかった。
「では、勝負、始めっ!」
審判の声と同時に、大地が震えた。
ドドドーンン!
次の瞬間、ヤクザの男は“腕”の置かれた机とともに、体ごと地面にたたきつけられていた。腕の痛みに顔を歪めながら、男は地面に這いつくばっている。
その廻りには大破した机の残骸。
観客たちは一瞬、呆気にとられたように声を失った。
「僕の勝ちだろ。判定を下してよ」
涼しげにジャンが言う。
「あいつ、あの男を机ごと地面にたたきつけやがった!!」
その瞬間、どっと歓声があがった。
「人は見かけだけで判断するものじゃないんだろ?」
”
ジャンは、ため息まじりに苦笑するタルクを振り返って、いたずらっぽい目をして笑った。
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