第3話 交渉

さて、どのカードを出してやろうか。


 ゴットフリーは、小さくほくそ笑むと、スカーに向かってこう言った。


「……俺は既にレインボーへブンの欠片を三つ、知っている」


 ココはぎょっと、ゴットフリーに視線を向けた。一人目はジャン。そして、二人目の欠片は霧花きりかに違いない。……彼女はレインボーへブンの欠片”夜風”だ。ココはそのことはスカーには秘密にしていた。でも、三人目がいるって、一体……誰?

 それに、ジャン。レインボーヘブンを見つけたら、必ずココを迎えにくると約束してくれた、ジャンの行方は?


「まず一人目はジャン・アスラン、レインボーヘブンの欠片”大地”。二人目、BWブルーウォーター”紺碧の海”。そして、三人目は霧花 ”夜風”」


 そして、四人目は、天喜と伐折羅の母 ”空”。だが、これはスカーに流すには、いらぬ情報だ。


「何っ、BW! お前の参謀のか! それに、霧花がレインボーへブンの欠片だって?」

「ほお、お前は霧花を知っていたのか」

「知り合いも何も、彼女はサライ村のレストランのウェイトレスだ!」


 スカーの言葉にゴットフリーは、わずかに目を瞬かせると、くくっと笑いをもらした。


 迂闊だった。そんな場所に彼女がいたとは、……露ほども気づいていなかった。


「……で、エターナル城の地下にもう一人の欠片が眠っているわけか。それは、レインボーへブンの何だ。そして、その欠片を、お前はどうしたいというんだ」


「その質問を、ゴットフリー、そっくり、お前に返してやるぜ。それに、ジャン、BW、霧花……奴らがレインボーヘブンの欠片というのなら、今はどこにいる」


「さあな、ガルフ島が崩壊した後は、影も形も見えなくなってしまったから」


 ゴットフリーの言葉を、ココは鵜呑みにして落胆する。だが、スカーは、


 畜生……白を切りやがって。


 ちっと舌を鳴らして、頬の傷をゆがめて言う。


「レインボーヘブンを探しているんだろう。何なら、俺たちが力を貸してやってもいいんだぜ」


 ゴットフリーは皮肉っぽく笑う。


「このベッドに縛り付けられたままで?」


「それは、お前の態度次第だ。レインボーヘブンは、その住民の子孫である俺たちの物だ。でも、素直に協力するというなら、お前にも居住権を与えてやるよ」


「ご親切なことだな。屠殺人か、墓場守にでも任命してくれるのか」


「ほお、また、えらく高級な職をお望みのようだ」


 ガルフ島では、散々、いいように使われてきた。初めてなんだ。俺がゴットフリーの優位にたてる機会がめぐってきたのは。 


 スカーは、胸にたまった思いが苦すぎたのか、ぺっと唾を床に吐き出し言った。


「お前は俺直属の使用人にしてやるよ。ただし、五体満足というわけにはいかないな。手足の腱を切ってやるか、目をつぶすか、鼓膜を破るっていうのはどうだ……それが嫌なら、おとなしく、レインボーヘブンの秘密を洗いざらい話してしまうんだな」


 スカーの奴、ひっどいことを言う。そりゃ、ゴットフリーは島主リリアの命令で、サライ村の住民を生埋めにしたりしたけど……BWは、それを知っててスカーに脱出用のトンネルを掘らせたじゃない。

 きっとあれは、ゴットフリーの命令だ。だって、ゴットフリーは、スカーたちが作ったトンネル知っていたのに、見て見ぬふりをしてたんだから。


 憮然とした表情で、ココは隣にいるフレアおばさんに目配せを送った。むっつりと頬を膨らませていた、おばさんは、それに気付くと、こくんと一つ首を縦に振った。


 ことの次第がよく理解できないが、スカーの憤りはラピスの頭にじんじんと伝わってきた。目が見えない分、研ぎ澄まされた第六感が並外れてよく働く。


 ゴットフリー、この人は、何でここまで妬まれてんだ。


 ゴットフリーの容姿は、知る由もなかったが、ラピスの後ろにいる彼からは背中ごしにでも、圧倒的な力を感じた。だが、それは人に恨まれる種の物ではない。

 統治者、君臨する者、統率者……どの言葉も近いようで、ゴットフリーにはあてはまらない。ただ、そんな感覚とは、別の方向から流れてくる畏怖の思いは、ラピスでさえも怯えを感じた。


 はあはあと、呼吸を荒げながら、スカーはゴットフリーを睨めつけている。

 

 あまり、スカーを怒らせ過ぎると、後々面倒なことになる。出来れば上手く彼を使いたいからな。

 ここらあたりが潮時か。

 

ゴットフリーは、ふっと息を吐くと、後ろにまわした右手に意識を集中した。


  ― 闇馬刀やみばとう ―


 にわかに明るく輝き出した手の中で、黒鋼色の光の粒が形を整え出した。

ところが……


 ゴットフリー!


 繋がれている右足の鎖をぐいと引く者がいた。それに気を殺がれ、光は消滅した。ゴットフリーは、訝しげに足元に目をやる。

 ベッドから垂れ下がったシーツの間から、ココの顔が覗いている。にやりと目で笑い、手にした鍵を自慢げにちらつかせる。


 ゴキブリ娘……スカーから鎖の鍵を盗んだな。


「スカー、話はまた、後で聞いてやる! 俺はお前の使用人になる気は、さらさらないんでな」


 叫んだ瞬間、ゴットフリーはベッドから飛び出し、出口に突進した。


「何っ、鎖がはずれてるっ!」


 焦った様子で、扉に立ちはだかったスカーの部下たちを、灰色の瞳が真正面から睨めつける。


 退け


 無言で目が語った言葉。その威圧感に男たちは震えあがり、無意識のうちにゴットフリーに道をあける。


「ラピス、お前も来い!」


 呼ばれてラピスは、磁力にひき付けられるかのように、ゴットフリーの後を追う。


「追えっ、ゴットフリーを逃がすんじゃないっ!」


 息せき切って、扉の外に飛び出したスカーは、唖然と外の景色を眺めた。


 あいつら、どこへ消えた……


 ゴットフリーとラピスの姿はすでになかった。ただ、城下町へと続く一本道に、真っ直ぐに残されている巨大な馬の蹄の跡が、彼らの行く先を示していた。


「畜生っ。話があるなら、また、ラピスの医院まで、来いということか。ふざけやがって」


 スカーは悔し紛れに、ゴットフリーを監禁していた家の扉を、思いきり蹴り倒した。



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