第2話 繁栄の国

 ジャンとタルクは、賑やかな商店が建ち並ぶ城下町を歩いていた。


「どうやら、建国記念祭の真っ最中にこの島へやってきちまったみたいだな。黒馬島と違って、えらく人出が多いじゃじゃないか。それに、見てみろよ。あの城、贅の限りをつくしたっていうのは、あーいう建物のことを言うんだ」


タルクが指差した北の丘の上に、グランパス王の居城、エターナル城がそびえ建っていた。白亜の尖塔、派手に飾り立てられた大きな窓、繊細な彫刻で縁取られた城門。その城は、どう見ても、見栄っ張りな城主、グランパス王の虚栄の城であることは一目瞭然だった。


 グラン・パープルは栄えていた。そして、その繁栄は今、この時が頂点だった。


「ゴットフリーをおいて来ちまったが、よかったのかな」


 巨体に似合わぬ不安げな顔で、タルクはジャンに話しかける。


「熱も下がったし、リュカがついていてくれてる。ラピスだって大丈夫だって言ってたじゃないか。それより、この島は、潤っているだけあって、刀匠の腕もいいな。タルクの長剣をたったの一週間で鍛えあげてしまうとはね」


 一週間もたったのか。


 タルクは、真新しく鍛え上げられた長剣を背負い直すと、短く息を吐いた。黒馬島でゴットフリーと闘った時に折られた長剣は、新品になって帰ってきた。……が、ゴットフリーの方は、黒馬島を脱出した後、船で倒れて、朦朧とした状態が続いていた。


「そう心配すんな。あいつはちょっとのことじゃ、くたばりゃしない。でも、グラン・パープル島を見つけて、ラピスの医院にゴットフリーを運んだのは正解だったと思うよ」


「まあな、最初は医者の卵でおまけに目が見えないなんて、不安でたまらなかったが、あいつはなかなか、信頼できる奴だ。亡くなったっていう奴の師匠の育て方が、よほど上手かったんだろうな。しかし……ゴットフリーがあんな高い熱を出して、寝こんじまうなんてなあ」


「あいつだって熱ぐらい出すだろ。、人間なんだから」


 おどけるように、そうは言ってはみたが、


 だが、あのうなされよう……熱と疲れのせいだけじゃない。伐折羅がつけた傷跡がひどく疼いて痛むようだった。伐折羅がゴットフリーにつけた傷……。

 ジャンの心に不安がないといえば、嘘になる。それでも、伐折羅がゴットフリーに悪意をもって、あの傷をつけたとは思えなかった。


「ああ、もう、ごちゃごちゃと考えるのはやめたっ。タルク、あそこで何か面白そうなことをやってるぞ。ちょっと、見てゆこうぜっ」

 ジャンは、そう言って、出店の一件を指差した。 


 ― ARM WRESTLING ―

  優勝賞金 2千ラベル 副賞有り 飛び込み参加大歓迎!


「“ARM WRESTLING”って、“腕ずもう”のことだろ。へえ、賞金2千ラベルか。結構いいじゃん。タルク、参加しろよ。お前だったら優勝なんて簡単だろ」


 身長2メートルはありそうな巨漢のタルクだ。その上、その背と変わらぬ長さの長剣をいつも振り回しているのだから、力に関しては誰にも負けない自信はあった。しかし、


「何で俺が、こんな見知らぬ島で“腕ずもう”大会に出にゃならんのだ。今はそんなことをして遊んでいる場合じゃないだろ」


 タルクは気乗りしない様子でそう言った。


「でも、船の金が減ってるって、頭をかかえていたのは、お前じゃないか。2千ラベルだぞ。これっていい資金稼ぎだと思うけどなあ」


 ジャンのとび色の瞳がうれしそうに輝いている。資金稼ぎ……というより、単におもしろがっているだけだな、こいつは。しかし、確かに2千ラベルあれば、ここにいる間の滞在費がでるな。


「仕方ない。家計のためだ。人肌ぬぐか……」

「そうそう、家計のため。がんばれっ、タルク」


* *


 一方、ゴットフリーを拉致した場所に現れたラピスに、スカーは、


「俺の患者に手を出すなって……、大きな口をたたくな! それに、ラピスっ、俺がお前らにどんなに良くしてやってるか、わかってんのか」


 興奮したスカーに、“うるせぇ”と、ラピスが弓を向ける。だが、それをゴットフリーが手で制した。


「スカー、お前は俺に話があるんじゃなかったのか。聞いてやるから言ってみろ」


「……ゴットフリー、貴様っ、俺らに捕らえられてる自覚があんのか。その偉そうな態度。俺はそれに我慢がなんねえ」


「自覚? お前は俺を鎖で繋いでいるではないか。それだけでは、安心できないのか」


 せせら笑うゴットフリーに再び、あげようとした腕を、スカーはぐっと堪えて我慢した。ココとフレアおばさんの非難の視線と、ラピスの矢。三つ巴の攻撃にあってはたまったものじゃない。


「……ヘインボーヘブンの欠片、その一つがこの王国の城、エターナル城の地下で眠っている」


 さすがにこの台詞は、ゴットフリーを驚かせた。内容も然り、スカーの口から“レインボーへブンの欠片”という言葉が出るとは、思ってもいなかった。


「だがな、王宮の地下は一旦入ると、入口も出口も、方角さえもわからなくなる“永遠の迷宮(エターナルラビリンス)”だ。さすがの俺も、うかつに手を出せない」


「……お前、どこまで知っている?」


「至福の島、レインボーへブンは七つの欠片を集めれば、蘇るそうだな。しかも、俺たちサライ村の先祖は、その住民だったそうだ。そこにいるココに聞いた話だが、あのジャン・アスランって小僧はその欠片の一つだ。あのバケモノじみた力はレインボーへブンの大地の力なんだろう」


 ゴキブリ娘が情報源? ということは、こいつらは“レインボーヘブン”の“歪められた伝説”については何も知らない……ということか。だが、スカーの奴、このグラン・パープル島に関しての情報はかなり持ち合わせているようだ。


 ゴットフリーは少し俯き、スカーに見えない位置でにやりと笑った。

 

ほどよいくらいに、こちらの情報を流してやれば、こいつは使える。


 ……さて、どのカードを場に出してやろうか。


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