第5話 エターナルポイズン
ジャンに机ごと地面に叩きつけられた男を見て、腕相撲大会の主催者のオヤジは大声をあげた。
「つ、机まで壊しちまうなんて、ル、ルール違反だ! あんなの勝ちとは言えないだろ!」
だが、
「や、やめとけ、オヤジ。あいつはとんでもない野郎だ」
審判に食い下がろうとするオヤジを、ヤクザ者が慌てで制止した。
なぜなら、男の義手にはおびただしい数の亀裂が入っていた。その手をオヤジに見せようと手前に差し出した時、鋼鉄の義手はボロボロと形をくずしながら地面に零れ落ちた。
それは、“腕ずもう”の勝負がつく前にジャンの力で握りつぶされていたのだ。
「そんな馬鹿な……」
ぽっかりと口をあけて立ちすくむオヤジに、ジャンはにこと笑顔を見せた。
「僕の優勝だ。賞金は2千ラベルだったな」
タルクが、まだ、しびれの残っている腕を押さえながら言葉を付け加える。
「それと、副賞もあったっけな」
「え、えーと、賞は今日は用意してないんだ」
「何ぃっ!」
鬼の形相のタルクが怖い。
「い、いや、ちょっと待て……待ってくれ!」
オヤジは大慌てで胸元に手を入れる。
「と、とりあえず、5百ラベルある。今日のところはこれで何とか……」
「はあっ、ふざけてんのか……じゃ、副賞は?」
「わ、わしの店に酒樽がある。それを勝手に持ってけ!」
「仕方ねえな。じゃ、二樽ばかりもらってくぜ。ジャン、お前一つ持ってくれるか。まだ、少し腕に痺れが残っている。二つの酒樽は持てそうにないんだ」
タルクの言葉に、ジャンは、うん!と元気に答えた。
その場に居合わせた人々は、また目を白黒させた。どう見ても普通の子供のジャンが、自分の胴体よりも大きさのある酒樽を、ひょいっと肩の上に持ち上げたのだから。
「残りの金は用意しとけよ! じゃあな」
悠々と去ってゆくタルクとジャンを、ため息まじりに見送る人々。だが、その中の一人の男が、興奮した様子で彼らの元に駆け寄ってきた。
「お前ら、これに出ろよ! 10日後で賞金は二万ラベル! 王宮主催だから、賞金も保証されてる。お前らだったら、絶対、優勝確実だ」
男が差し出したビラ。それには、こう書かれていた。
『王宮武芸大会 賞金2万ラベル 優勝者にはグランパス王主催、晩餐会に招待。また、王宮直属の近衛師団へ推薦』
「タルク、2万ラベルだってよ」
聞かぬそぶりで、行こうとするタルクの袖をジャンが引っ張る。
「おい、お前また、出ろっていうんじゃないだろうな」
「だって、家計のためだろ?」
「……ちょっと、考えさせてくれ」
「なら、僕が出る!」
それを聞いたタルクは、ジャンが手にしているビラを大急ぎで奪い取った。
「駄目だっ! これ以上、目だってくれるな!」
「なら、お前が出ろよ」
「……ゴットフリーが何ていうか……」
「あいつが、くたばってる間に出ちまえばいいんだ」
「何てこといいやがる。とにかく、今は宿へもどろう。少し買い物に出るつもりが、余計な時間をとっちまった」
まずは、ゴットフリーの具合が良くなってからだ。そしたら、王宮武芸大会だろうが、演芸大会だろうが、俺は何だって出てやるよ。
タルクは、ジャンから奪い取ったビラをくしゃくしゃにして、ポケットにしまうとふっと短くため息をついた。
しかし、ゴットフリーは、いつになったら目をさますんだ……黒馬島を出てからずっと、眠りっ放しじゃないか……黒馬島……黒馬っ?!
「ジャ、ジャン! く、黒馬だっ、黒馬っ!」
ぎょっと、正面に目を向けてタルクが叫んだ。
* *
グランパス島の中央に位置する城下町。その両脇に添うように、海岸まで長い並木道が続いていた。
巨大な黒馬が疾風のように、その道を駆け抜けて行く。
「これ、馬……だよな」
黒馬の背でゴットフリーにつかまりながら、ラピスが言う。
「見れば分かると言いたいところだが……なぜ、そんなことを聞く。お前はこの世のすべてが、頭に浮かびあがってくるんじゃなかったのか」
むっつりと黙り込んでしまったラピス。
だから戸惑っているんじゃないか。イメージができないんだ。力の強さに頭の芯が痺れちまって……馬というよりは何か大きな流れの上に乗っている感じで。
ゴットフリーが言う。
「これは黒馬だ。黒馬島のご神体の……この馬は俺が求めれば、闇の道を駆けてくる」
「闇の道を駆けてくる……って、ゴットフリー、あんたって一体?」
その時、並木の向こうから響いてきた馬鹿でかい声。
「ゴ、ゴットフリー、ゴットフリー!」
その声に負けぬほどの、巨体の男が息せき切って走ってくる。
「タルクか! ……意外な場所から現われたな。いや、意外な場所にいるのは俺たちの方なのか」
ゴットフリーは、それを見て胸のすくような笑みを見せた。
* *
ここは、町はずれでラピスが開業している診療所。
そこに、ゴットフリー、タルク、ジャンそして、ラピスがいた。
「そのヤクザ者は、”エターナルポイズン”を使ったんだ。少量なら、心配することもないが、とりあえず、解毒薬を出しておくから」
そう言って、ラピスはタルクの口に丸薬を二つばかり放り込んだ。
「エターナルポイズン?」
「ランカっていう植物からとれる毒薬さ。どういうわけだか、ランカは、エターナル城のまわりにしか生息しない。だから、エターナルポイズンって呼ばれてるんだ。軽い痺れを起こさたり、じわじわと効果をみせて息の根を止めることも……何だって加工ができる。でも、本質は即効性の劇薬だ。王宮側もヤバい奴らに渡らないように、厳しく管理しているようだけど、どこからか流失してしまうんだな、これが……」
その言葉に、ゴットフリーが眉をひそめた。
「そういえば、スカーの奴……やけに王宮の内部を探りたがっていた」
すると突然、百年越しの敵を思い出したかのように、
「あの野郎! ゴットフリーを拉致なんて考えただけでも腹が煮えくり返る。それに、いつの間にグランパープルへ来てたんだ」
大声で叫ぶタルクの頭を、うるせえと、ラピスは遠慮なしにぶん殴る。
「痛えな、何すんだよっ」
「お前の声がでかすぎるんだよっ。それはそうと、サライ村の連中がこの島に来たのは、先月の初めだ。旅の途中で具合の悪くなった者がいて、そういう繋がりで、俺は彼らと知り合ったんだ。お前らの間に何があったかは知らないが、きっと、ここに来た時にたまたま、ゴットフリーを見かけた奴がいたんだろうな」
ジャンは落ち着きのない様子で彼らの話を聞いていたが、意を決したように口を開いた。
「ラピス、それなら、お前、サライ村のココって女の子を知らないか? 紅の髪に茶色の目をした……」
「ココ……ああ」
ラピスはジャンの問いに思わず顔をほころばせた。
紅の髪に茶色の目、へえ、ココってそうだったのか。そんな外見よりも、あんな、やんちゃで、悪辣でしかも、微笑ましい奴を、忘れるはずがないぜ。
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