第41話 クロの告白
一方、ゴットフリーがいる部屋では……、
突然、現われた見知らぬ少年。ゴットフリーはぼんやりと目を覚ましたが、侵入者の気配をかぎとると素早く身を起こした。
「まるで、野生の生き物みたいだ……そんなにぴりぴりすると、傷にさわるよ」
「お前、誰だ!」
「お会いできて光栄です。僕は黒馬島。ジャンの昔馴染みの」
そう言って、少年は床に膝まづきながら、深々と頭を下げた。
“黒馬島には友達がいる”
ジャンの言葉がゴットフリーの頭をよぎる。
「黒馬島? ふざけた話だな。黒馬島自体が奴の友達だったわけか……」
「だって、ジャンはレインボーへブンなんだから、友達が黒馬島の僕だとしても、ちっとも不思議じゃないでしょ」
「常識じゃ通用しない言い分だ。けれども、俺たちがその黒馬島の上にいるということは、お前は実体ではないな。一体、ここに何をしにきた」
「警告」
「何?」
「僕は、もうすぐ、移動する。だから、早く黒馬島を出た方がいい。その話は前に聞いているよね」
風がびゅうと通り過ぎていった。少年は、その方向を見つめて笑う。
「あの風は飲みこみが早い。本当はもう少し長く留まっていたかったけど……。
一瞬の沈黙。だが、
「ジャンに助けを求めて、お前が俺たちの船を黒馬島に引き寄せたのか。俺はてっきり、海の鬼灯の策略だとばかり思っていたが」
少年はゴットフリーの言葉に首を横に振る。
「……僕は自由な意思で移動できるわけではないんだ。黒馬島は、自分でも知らず知らずのうちに移動を繰り返している、いわば流浪の島だ。でも、ゴットフリー、あなたの故郷がこの黒馬島だということにはもう気づいているよね? 五百年前、女神アイアリスの怒りをかって海の鬼灯となった盗賊たち……あなたの先祖……は確かに、黒馬島の出身だ。でもね、盗賊たちは、かつてはレインボーへブンの守り手でもあった」
「何?」
「黒馬島の盗賊の宿命といっていいんだろうか。殺戮や強盗を生業にする反面、彼らには必要なんだ。“守る物が。伐折羅がそのいい例だ。あの子は”血“や”破壊すること“が大好きな反面、黒馬島の住民……特に天喜を守ることを自分の天命にしている。壊すことと、守ること……そのどちらが欠けてしまっても、伐折羅……夜叉王の心は満たされない。それは、ゴットフリー、あなたにも言えるんじゃない? 伐折羅とあなたは一緒に殺戮を楽しんでいた。そして、”守りたい物“を持っている」
「……」
「レインボーへブンが海に沈んで、その欠片となった後、ジャンは、黒馬島でずっと眠っていた。そして、目覚め、僕らは友達になった。ジャンの鮮明な記憶はその辺りからしか残っていないんだ。だから、黒馬島が、盗賊たちと同じように、かつてはレインボーへブンを守りながら、海に浮かんでいたことを彼は知らない」
「黒馬島が、レインボーへブンを守っていたって!」
「ああ、申し遅れました。僕の名前は黒馬島のクロ。あなたは、この島の全景を見たことがないでしょ?まあ、ほとんど靄につつまれて、天喜の白い鳥に乗っても島の形はわからないと思うけど」
「黒馬島のクロ? 安易な名前だな。回りくどい言い方をしないで、単刀直入に物を言え」
クロは、ゴットフリーの言葉に苦笑いをしながら、話を続けた。
「黒馬島は、そうだな……ちょうど、ドーナツのような形をしている。でも、昔は中央部分の空いた場所に、他の島をかかえていた」
「……」
「もう、お分かりでしょう? レインボーヘブンが至福の島と呼ばれた理由は、島の豊かな資源のせいばかりじゃない。もっと、重要なのは外敵の攻撃を受けなかったということなんだ」
「レインボーヘブン! ……黒馬島の中央にレインボーヘブンがあったというのか! そして、黒馬島の盗賊たちが、レインボーヘブンへの敵の侵入を妨げていたと」
思わず叫んだ瞬間、ゴットフリーは鋭い痛みに顔をゆがめて、胸を押さえた。
まるで、同じだ。今の黒馬島で、西の山の盗賊たちが、町の住民を守っていることと。
だが、きりきりと痛む傷をかばいながらも、尚、クロから視線をはずそうとはしない。
「だめだよ! そんなに声をあげたら、また、傷が開く!」
「……西の盗賊は町の物には手を出さない。それが、黒馬島の掟。同じだったんだな。かつての黒馬島の盗賊とレインボーへブンの関係も!」
灰色の瞳に食い入るように見つめられて、クロは一瞬、たじろいだ。だが、
「そう、レインボーへブンを守るかわりに黒馬島はその恩恵を受ける。それは、
「排除? しかし、レインボーへブンの住民は力じゃ、とうてい勝てないだろう」
「薬を使ったんだ。守護の見返りに渡していた、果物や穀類の中に毒薬を仕込んで。それも、徐々に効果を現す陰湿な毒薬を。レインボーへブンの作物は、豊穣の果実と言われるほどの絶品だ。でもね……それを食べて死んでしまったのは、罪のない、盗賊以外の黒馬島の住民たちだった……」
「……盗賊たちには、毒薬は効かなかった……ということか」
微量の毒を飲み続けていれば、確かに免疫ができるからな。ガルフ島警護隊にも、そういう奴が何人かいた。盗賊の長クラスなら、当然、幼いうちから、その備えはしているはずだ。
「掟を先に破ったのは、レインボーへブン側だった。黒馬島の盗賊たちは、必要以上の見返りなんて要求しなかったのにね。盗賊たちにとっては、“レインボーへブンを守ること”が、生きがいだったと……僕は今でもそう思ってる」
ゴットフリーは、口元を微妙に吊り上げ皮肉っぽく笑った。
ひどい話だな。盗賊どもの魂が海の鬼灯になって、さ迷うのも無理がないような気がしてきたぜ。
二つの島の均衡が破れた時、盗賊は怒りのままに、レインボーへブンを襲撃した……。そして、守護神アイアリスは、どうしようもなく荒れ果てたレインボーへブンを七つの欠片に分け、海に沈めた。その住民は船で逃がし、盗賊どもには手を差し伸べなかった……
「やはり“レインボーへブンの伝説”は、レインボーへブン側に都合よく書かれた創作だったというわけか。しかし、ジャンは別にしても、アイアリスに七つに分けられた欠片たちは、その真実を知っているのか」
ゴットフリーの思惑を認めるように、クロは言った。
「彼らには、その記憶はないと思う。そして、僕はそれを伝えたくはない。ゴットフリー、あなたが本当の至福の島を欠片たちと共に作るというなら、伝説の裏側はもう、ここで消してしまわないか。恨みの連鎖は新たな海の鬼灯を生み出すだけだ。欠片たち……特にBWにこれ以上の罪の意識を背負わすのは酷すぎる」
ゴットフリーは俯くと、無言でしばし何かを考えこんでいた。が……
「クロ、お前も、レインボーへブンの欠片の一つか……」
いきなり、出された問いに、クロは微妙な笑いをみせた。
「さあ、どうかな? 欠片のようでもあり、そうでもない……とでも答えておこうか。それより、話が長くなりすぎた。あなたの傷は僕が閉じる。だから、早く準備して。僕の姿はもうすぐ消える。それとともに黒馬島は、移動を始める」
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