第28話 夜叉王、伐折羅

「この馬は何だってんだよ。前と違って、ちっとも速く走らないじゃないか! サラブレッドまがいはどこへいっちまったんだ」

「仕方ないよ。二人も乗せているんだから。おまけに一人は大入道のタルクだろ」

 

 ゴットフリーを黒馬亭の馬で追いながら、ジャンはタルクの背につかまって苦笑する。それにしても……霧花きりかの奴、


 あいつが心配でたまらないってか。 僕たちのサポートは止めて、ゴットフリーについていったな。


「とにかく急ごう! 町が燃え尽きる前になんとか火を止めるんだ」

「リュカはどうした?」

「ザールの面倒を見させてる。相当、イカレちまってたから」


 タルクはザールの名を聞いてあからさまに嫌な顔をした。畜生! と口の中でつぶやくと、当り散らすように馬の腹に蹴りを入れる。


「あんな奴、放っとけばいいのに!」

「そうもいかないだろ。聞きたいことが山ほどあるんだ」


 空の紅はますます濃さを増してゆく。空からこぼれ落ちた海の鬼灯は炎となって町を焦がす。ジャンとタルクが町にたどり着いた時には、居住地の半分がすでに炎の海と化していた。

 なす術もなく、逃げ惑う住民たち。


「ジャン、このままだと、町は燃え尽きてしまうぞ!」


 タルクの言葉にジャンは絶句する。

 その時だった。


「今のうちに、金目の物を奪ってしまおうぜ」


 燃える家々の影に黒い影が見える。30人ほどだろうか。おびえる様子もなくせっせと動き回っている。


 誰だ? こいつら……。


 ジャンが、気をそちらへ向けた時、

 男たちがいる一角だけが闇に覆われた。

そして、闇の中から、凛と響き渡る声が聞こえてきた。


「西の山の盗賊……町の人の財産に手をつけるのは、確か、掟破りだったよね」


 ぎょっと、呼ばれた男たちは声の方向に目をむけた。

 少年が一人、闇の中に立っていた。夜が化身したかと思うほどの漆黒の髪と瞳。だが、その瞳は静かながらも、背筋をぞくりとさせる光を帯びている。


 盗賊の一人が言った。

「お前は……伐折羅ばさら……お頭の双子の子供の片割れの」


「そうだよ。ぼくの父は、西の盗賊の頭だった」


 タルクは信じられない眼差しでを彼を見た。


 伐折羅? あれは伐折羅なのか!


 タルクの知っている伐折羅は、儚げでいつも怯えている、天喜の後ろが定位置のような少年なのに……。


 その少年が震えもせず、強面の盗賊たちと向かい合っている。


「僕は知っていた。父が西の盗賊の頭だってことも。お前たちが父を殺したってことも。僕は……本当の伐折羅はね、いつも闇の中からお前たちを眺めていたんだ」


 伐折羅の背後の闇がゆらりと揺れた時、盗賊たちは思わず息をのんだ。……闇だと思いこんでいた黒い靄。それが巨大な黒い鳥に姿を変えたのだから。


「お、俺たちは、お頭から口が裂けても盗賊のことは家族には言うなと言われていた。だから、秘密にしてやってたのに。だが、ザールの奴がしゃしゃり出てきて……」


「ふん。何を今さら。ザールにそそのかされて、お前たちは父さんに手をかけた。大方、そのうちザールも始末して、黒馬島で好き勝手をしようと思っていたんだろ」


 伐折羅の後ろで黒い鳥が大きく翼を広げた。盗賊たちは、びくりと後ずさった。


「か、頭……お、お前の父親が悪いんだ。古より西の盗賊は黒馬島を守りながら生きてきた……そんな掟を頑なに守り続けて……時代遅れなんだよ! 盗賊は盗賊だ! 自分たちがよけりゃ、それでいい。だから、殺した!それに、どだい、無理な話だったんだ。時には人を殺すのもいとわない盗賊の頭が、それを隠して普通の家庭を持とうだなんて」


「父さんは、母さんを……僕たちを本当に愛してくれていた。人殺しも盗みも黒馬島を守るためにやっていた。だから、僕も何も知らないもう一人の伐折羅の中にいたのに……」

 

 伐折羅の変わりように、タルクはたまりかね、ジャンの腕を強く引っ張った。


「あいつは本当に伐折羅なのか。それに、伐折羅と天喜の父親が西の盗賊の頭?」


「父親のことは知らなかったが……あれは……あの伐折羅は夜叉王だ。成熟した夜は時にああいう者を生み出すんだ。七億の夜叉……闇の戦士をひきつれた夜の守り手を」


「夜の守り手? それって何だ……」


「ゴットフリーの黒馬と同じく、己の島を守るために現われた……軍神みたいな物だよ。多分、うみ鬼灯ほおずきの出現が彼を呼び起こしたんだ」


 そして、何よりも、ゴットフリーの闇の力に強く引き寄せられて。


「海の鬼灯と戦うために、夜叉王は現れたわけか。なら、あの黒馬と同じじゃないか。伐折羅がゴットフリーになついた理由が今、わかったよ。なら、夜叉王……伐折羅は俺たちの味方なんだな」


 だが、タルクの言葉に、ジャンは首を縦には振らなかった。


「黒馬は正当な島のご神体だが、夜叉王は流血と殺戮を好んでやる。黒馬島を守るという目的は同じでも、黒馬と夜叉王は、その性質がかけ離れて違う」


 だからか……ジャンはようやく合点がいった。レストランで蝙蝠を狩った、ゴットフリーの無慈悲な奇行は、もともと闇の王の資質を持ったゴットフリーが、夜叉王、伐折羅に触発されてのことか。


「海の鬼灯も夜叉王も根本は破壊者だ。ただ、守りたいか守りたくないか……夜叉王と僕らの繋がりを探すとしたら、それは、島と住民を守りたいというその一点だけなんだよ」


 西の盗賊はそれぞれに武器をかまえ、伐折羅を囲んだ。しかし、伐折羅は笑みさえ浮かべながら、彼らを眺めている。


「いや、それは違うと思うぞ」


 タルクがジャンに言った。


「伐折羅と俺たちの共通点は島を守りたいことだけじゃない……いや、それどころか、海の鬼灯にも、レインボーへブンの女神アイアリスにも、すべてに通ずる共通点がまだ、あるんだ」


「……」


「俺たちは、すべてゴットフリーに魅かれている。そして、自分たちの王にすべく、彼を求めている。俺はわからなくなってきたよ。闇の王、夜叉王、レインボーへブンの王……ゴットフリーの本性は一体、どちらなんだ?」


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