第16話 鬼門の島
― この黒馬島はゴットフリーにとっては鬼門の島です。あなたが繋ぎ止めないと、あの人は……闇の王になる ―
そのBWの言葉が、ジャンを余計に不安にした。
ゴットフリーは、今どこにいる?
ジャンの心は流れ星のように黒馬島の夜空をよぎっていった。
急いで、急いでと……耳元で囁き続けているのは、夜風だろう?
姿は見えなかった。もう一つのレインボーヘブンの欠片。
歌が聞こえる。海の歌が。……あれは
そう、お前はまだ黒馬島を眠らせておいてくれ。
僕が行くまで……。僕が行くから!
“ ゴットフリーは絶対に闇には渡さない!”
* *
「待ってよ。ザールおじさんの屋敷の入口はそっちじゃない。花園の方へ行っちゃだめなんだ」
後ろから呼びとめられても、振り返ることも歩を止めることもしない。
「歩くの速すぎるよ。ついてゆくのが大変」
「誰がついてこいと言った? 邪魔だ。さっさと黒馬亭へ帰れ」
「僕も一緒に連れて行ってよ。おじさんに用があるんだ」
ゴットフリーの行く先はわかっていた。サームおじさんが、“あいつをザールの所へ行かせるのはヤバイ”ってしきりにつぶやいていたから。
みんながいない場所でゴットフリーと話ができる。それだけで心が踊った。特にジャン、なぜだか、伐折羅はジャンが煙たかった。
先に行かせまいとゴットフリーの腕をとる。だが、伐折羅の手が振りきられたのは、ほぼそれと同時だった。
「……ごめんなさい。手をつなぐの嫌なんだね」
半分、泣き顔の伐折羅にゴットフリーは、面倒臭そうに答える。
「ああ、嫌いだな。
「でも、小さい時は? 父さんとか母さんとは?あと、友達とか」
「覚えがないな。そんな物はいなかったしな」
「えっ?」
「俺がいた島の島主が俺を拾って育ててくれた。といっても、世話をしていたのは館の使用人だ。俺はそいつらを
ゴットフリーは、わずかに笑い伐折羅に目を向ける。
「なあんだ。一緒だね、僕と天喜も親がいないんだ。でも、僕は両親の顔を覚えてる。二人ともすごくいい人だった」
「ということは、お前の両親は死んだんだな」
伐折羅は急に顔を曇らせて言った。
「父さんは西の山で盗賊に殺された。その後、母さんはザールおじさんの所で働きながら僕らを育ててくれたんだ……でも、今は行方がわからない」
おもしろくもない話だな。
再び伐折羅の先を歩き出したが、ゴットフリーには一箇所だけひっかかる点があった。
西の山の盗賊……こんなさびれた島で賊を組んでもたいした儲けになるとは思えない。大方、ここを根城に他で仕事をしているのだろう。伐折羅の父は、多分、その盗賊と関わっていたな……普通の島民ががわざわざ西の山まで行くとは思えない。
「ゴットフリー、ここから入って花園を横切って行こう。その方が屋敷には近いから」
花園をとりかこむトタン板の壁に、ちょうど人が通れるほどの切れ目があった。それは、伐折羅がザールに内緒で作った花園への秘密の扉だった。
きつい花の香は、相変わらずだった。鼻につんと刺激をうけた瞬間、頭の奥にしびれたような感覚が走る。白色灯に照らされ、花園は紅色に揺れていた。
何度、足を踏み入れても、この花園は異様な空気を撒き散らしているな。だが、不思議と危険は感じない。なぜなんだ?これほど怪しい状況はめったにないというのに……。
ゴットフリーは、隣にいる伐折羅に目をやった。
そういえば、こいつも平然としてここに立っている。時折ひどく冷めた目をして作る笑顔は、臆病な普段の態度とは似ても似つかない。
すると、ゴットフリーの思考を中断させるように、伐折羅が話しかけてきた。
「母さんはここで花を摘んでいた。天喜と良く似た、とても綺麗な人だったんだよ。いっぱい花束を作ったら、ザールおじさんが他の島で売ってくれる。ゴットフリーに採ってもらった蝙蝠の目玉もそうなんだ」
「他の島にか? 黒馬島ではなく」
「その方がずっと高く売れるから。蝙蝠の目玉は薬になるんだ。それに黒馬島では薬を作る方法も知らないしね」
「ならば、お前が直接行って、商売をした方が金になるんじゃないのか。あがりといっても、どうせザールに、ほとんどを持ってゆかれるんだろう」
「外の島へ行く方法はザールと……西の盗賊しか知らない」
「どういうことだ?」
「気がつかなかった? 黒馬島の周囲は靄でおおい隠されている。島の人間からは外海の様子はわからないし、一旦、船を出して島を離れれば、まずは帰ってこれない。たまにゴットフリーたちのように迷いこんでくる人たちがいても、一度、島を出た人が再び戻って来る事はないんだ」
伐折羅の言葉にゴットフリーは顔しをかめる。
周囲を靄につつまれている? そういえば、この島は突然、俺たちの前に現われた。ジャンが甲板で倒れた時だ。だが、あの時の海には水平線が見渡せるほど何もなかった。たとえ靄に包まれていたとしても、島があればわかるはずだ。
矛盾している……
ゴットフリーはそうつぶやくと、強い口調で伐折羅に言った。
「島を出て、帰ってきた者はいないと言ったな。ならば、ザールはどうなんだ? お前は蝙蝠の目玉を売ってもらうのだろう。それに奴は以前、俺の島に来て島主リリアと会っている」
「だから、ザールは西の盗賊とつながっているんだ。多分、西の山に外海に出る秘密がある。黒馬島の住民はそれに気付いていても、自分たちの商品をお金に替えてくれるんだもの、見て見ぬふりをしているんだよ。それに、盗賊たちは決して町には下りてこないしね」
それは……と言いかけて、ゴットフリーは口をつぐんだ。
「伐折羅、話は後だ。この花園に誰かいる。声がするだろう……一人はザールか? で、あと一人は……誰だ?」
伐折羅は険しい表情のゴットフリーの横顔を見て小さく息を吐いた。
いっそ、ここでゴットフリーがザールおじさんを殺してくれたら、僕はもっと愉快になれるのに。
ゴットフリーの剣が血で染まる……それを思うだけで、伐折羅はひどく嬉しくなった
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