第12話 出会い

天喜あまき、どうしてみんなして、仲良くレストランなんだよ」


「だって、お客さんなんて久しぶりなんだもの。それに黒馬亭の1階は壁が崩れちゃって食ことなんて出来ないし、直すにも時間がかかるのよ」


「お前……まさか、その壁、俺たちに直させる気じゃないだろうな」


「あら、やってくれるの? 大助かりだわ。2・3日なら、みんなが泊まれるくらいの部屋はあるから。黒馬亭ってね本当は宿屋なのよ。客なんて滅多に来ないから萬屋なんかやってるけど」


 それを聞いたタルクは、髭面の顔を盛大にしかめた。


 やはり、そんなことだと思った。俺たちゃ(いや、俺か)体のいい雑用兼ボディーカードってところかい。

 それでも、天喜に微笑まれると、なぜかしら断ることができない。


 タルクは、仏頂面でメニューに目を通す。

 隣に座っているゴットフリーは、いつにも増して機嫌が悪そうだ。サームはどこに消えたのか、レストランには姿がない。

 食事なんてどうでも良かった。一刻も早くこの黒馬島を出てしまいたかったのに……。結局、天喜に押し切られる形で居残ることになってしまった。



 黒馬亭から徒歩で15分ほどの場所にある島の繁華街。

 ここは殺風景な黒馬島の中では、唯一賑やかと呼べる場所だった。タルクたちは、その中の野外テーブルがあるレストランにいた。遠くには西の山が見えている。


「……で、そっちの男の子がジャン。小さい女の子がリュカね。ジャンは私と同い歳くらいかな」


 天喜は、タルクから紹介された同じテーブルのジャンとリュカに、興味津々のようだった。伐折羅は天喜の後ろに隠れるように二人の様子を見ている。


「……で、お前が天喜あまき。その後ろが双子の弟の伐折羅ばさらか」


 ジャンは、くったくのない笑顔で笑う。年齢に関しては彼自体も把握できていないので、一応、16歳ということにしておいた。すると、また天喜が尋ねてきた。


「あなたたち、どこから来たの? 黒馬島に外からの客なんて滅多にこないのに」

「船を出したのは、ガルフ島のサライ村。ここに来た理由は、多分、僕の友だちが僕を呼んでいたから」

「友だち? いったい誰? 島の住民なら私、だいたいは知ってるわよ」


 天喜の目は、琥珀のように綺麗だった。“サライ村のココもこんな好奇心いっぱいの目をしていたっけ” ジャンは笑顔を作る。天喜はその様子を見てほくそえんだ。


 ふん、ちょろい、ちょろい。男の子なんて、私がちょっと笑ってやったらこれだもん。でも、この子はお金も持ってそうにないし、力がある分まだ、タルクの方がましかもね。


「それより、お前、花の香りがする」


 突然、話題を変えられて天喜は少しあわてて言う。


「あ、そ、それは、私が花屋をやってるから」

「花? 何の」

「色々よ。切花を花束にして売っているの。今の時期はコスモスがお奨めよ」

「切花! そんなものを売ってるのか」

「そんなものって言い方はないでしょ。私の店の花はとても人気があるんだから」

「切花はだ。命を切り取られたようなものだろ? 大地に咲かせておけば、来年もまた咲くっていうのに」


 大嫌い……こんな言葉、言われたのは生まれて初めてだわ!


 ジャンの言葉は天喜のプライドをひどく傷つけたようだった。

 天喜は横に座っている伐折羅に小さく囁く。


「こいつもあのゴットフリーと同じで最低男……」


 伐折羅は一瞬、理由のわからぬ様子を見せたが、少し離れたテーブルの黒づくめの男に目をやると言った。


「……あ、ゴットフリーってあの人のこと? タルクさんと同じテーブルに座っている」

「そう、気持ち悪いでしょ。レストランに着てまで黒い帽子かぶってさ」


 その時だった。ジャンの横で黙ってパンにかじりついていたリュカが突然、声をあげた。


「ゴットフリーは気持ち悪くないよ。気持ち悪いのはあの男……あの男の持っている紅い花園」

「あんたたち、喧嘩でも売る気なの。いちいち、私の言うことに文句つけて!」


 天喜は自分の感情を抑えることができない。


「あれっ? 珍しいな。リュカが喧嘩か。やれやれ! おもしろいぞ」

「ふざけないで! 砂だらけだった、あんたにシャワーなんて貸してやるんじゃなかったわ!」


 ジャンの無責任な応援に、天喜は余計に腹を立てる。


「何よっ! 汚い子。言っちゃあ悪いと思って黙ってたけど、リュカ、あんたもシャワー、浴びた方が良かったんじゃないの?女の子のくせに洋服だってボロボロじゃない!」


 伐折羅はただ、おろおろと三人の様子を見ているだけだった。


*  *


「おい、お前らいい加減にしろ」


 目の前に2メートル長の剣をぬっと見せ付けられて、天喜はやっと我をとりもどした。何だ。もう終りかと、ジャンは残念そうに舌打ちする。


「だって、タルク、こいつらがひどいことを言ったのよ……」


 天喜にすがるように見つめられて、タルクは一瞬たじろいだ。


「だって、タルク、この娘がゴットフリーのことを気持ち悪いって……」


 リュカにしては珍しく言葉が多い。吸い込まれそうな青い瞳でタルクを見つめる。


 一体、俺はどうすりゃいいんだ? しかし、隊長のことを気持ち悪いなんて……それは許せんな。


「とにかく、喧嘩はやめろ。飯がまずくなる。お前らに挟まれた伐折羅の困った顔を見てみろ、可哀相じゃないか」


 タルクに言われて、伐折羅は少し頬を紅くする。


「あの……僕、タルクさんたちのテーブルに行っていい?」

「え……? 俺は別にかまわないが……お前、余計に困るんじゃないのか」

「ううん、いいんだ。あの人もまだ、紹介してもらってないし」

「あの人って、ゴットフリー隊長のことか?」


 その時、天喜が信じられないと声をあげた。


「伐折羅! 絶対、だめ! あんな奴の所へ行きたいなんて、どうかしてる」

「僕、あの人と話がしたいんだ……」


 止める天喜の手を振り解いて、伐折羅はゴットフリーがいるテーブルへ歩き出した。


「伐折羅の馬鹿っ!」


 半泣きの天喜を尻目にジャンが笑う。


「伐折羅の気持ちが僕には解る……いい奴だとは天地が裂けても言えないが、知らず知らずのうちに人の心を引きこんでしまう……そんなところがゴットフリーにはあるから」


 タルクは、かなり遠慮しながら天喜に言った。


「俺もその意見に賛成だ……だから、俺も隊長に付いてきたんだ」


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