第31話 レインボーヘブンへの道

 日食が終わる……。それでは、ここまで来た意味がない!


 唇とかみしめるとゴットフリーは、ジャンが背中に背負った剣に目をやった。白銀の剣、三連の蓮の華が刻みこまれた……


「仕方ない! その剣を俺に貸せ!」


 ゴットフリーは、ジャンが背にしょった剣をもぎとるように自分の手にとった。


「ゴットフリー、何をするっ!」


 見る見るうちに、白銀の剣は黒剣に色を変えてゆく。辺りの空気をも灰色に変えながら。


「壁をどけろ。頂へ行くぞ!」

「しかし……」


 あの剣は黒剣のままでは意味がないと、霧花はいっていた。ジャンは困惑した。


「何をしている。早くしないと日食が終わってしまうぞ!」


 かすかに陽光を受けたゴットフリーの髪がまた紅く変わり出した。その色がジャンの心を引きつける。


 研ぎ澄まされた灰色の瞳。彼に逆らうことはできなかった。

 ジャンが土の壁に手をかざすと、壁はみるみるうちに、足元に吸い込まれて消えていった。

 無数の海の鬼灯が、一斉に襲いかかってくる!

 ……が、


「俺の邪魔をするな!」


 ゴットフリーが黒剣を向けた瞬間に、海の鬼灯はしゅんとおとなしく地面にひれ伏した。


「この黒剣……まるで魔剣のように邪気を抑える」


 ゴットフリーは、とび色の瞳の少年を見すえて、小気味よさげに笑う。闇が白みだした。上空の太陽はもう半分ほど顔を出している。


「行くぞ! この剣を持っているかぎり、あいつらは襲ってはこないだろう」


 ゴットフリーが頂へ向けて駆け出した。ジャンもその後に続く。


「ゴットフリーっ、一体、その剣をどうするつもりなんだ」


 ジャンは戸惑いながら、後ろを振り返った。黒剣に威圧されて地面に落ちた海の鬼灯は、きれいに一列をなして、ぞろぞろと彼らの後をついてくる。それは、紅い灯を携えた葬列のようだった。


「太陽が月の影から完全に出た瞬間、陽の欠片が火の玉山の頂に落ちてくる。その場所に、この剣を刺すんだ。その時、レインボーヘブンへの真の道標が現れる」


 ところが、ゴットフリーは、手にした黒剣を見て、苦い笑いを浮かべた。


「ただし、この黒剣ではだめだ。この剣の刃は”白銀”でなければならない。陽の欠片が見えたその瞬間、俺はお前にこの剣を手渡す。剣が白銀に替わったら、すかさず、お前はその剣を欠片が落ちた場所に刺せ! ただし、タイミングが少しずれたら、俺たちは、あの紅の灯に、後ろから八つ裂きにされるぞ」


 ジャンは再び振り返って、後ろに続いている海の鬼灯を睨めつけた。


 紅い葬列……


 口の中でつぶやくと、とび色の瞳できりとゴットフリーを見やる。


「わかった!」


 ジャンは、そう言ってうなづいた。


*  *


 まるで、鳥になったみたい…… 


 ココは自分が空を飛んでいることが、まだ信じられなかった。黒い太陽は少しずつ月の影から姿を現し始めている。


 サライ村で眺めていた鳥たちも、こんな気持ちで空を飛んでいたのだろうか。

  空の上から見下ろした薄闇のガルフ島は美しかった。だが、切り取られた北東部の海岸はそれとは裏腹に痛々しかった。


 本当にここを出たら、サライの住民は幸せの地を見つけられるの?

 疑問が次々と心に湧いてくる。


 少女の体を支えながら、サライ村の東海岸まで飛んできた霧花が、海岸の方向を指差して言った。


「あの岩場の陰に船が見える。あれがサライ村の船。あの近くでココを降ろすから、あなたは迷わず船に乗りなさい」

「でも……ジャンは本当に私を迎えに来れる? 行くあてもわからないサライ村の船をジャンは、どうやって見つけようっていうの」

 すると、霧花は、

「リュカがいるわ。リュカがいれば、どんなに離れていても、ジャンはココのいる場所を知ることができる」


「でも……」


 リュカは確かに不思議な力を持っている。けれども、ココの心に不安がよぎった。そんな上手い話があるもんか、と。

 ……が、サライ村の居住区の蓮池が下に見えてきた時、


「何てきれい! 黄金の花粉が蓮の花の一つ一つから立ち上っている」


 以前、ジャンをフレアおばさんの店に連れて行った時、彼には見えて、ココには見えなかった光景。それが、今のココには、はっきりと見えた。ジャンが美しいと目を細めた無垢な光の乱舞が。


 ”いいんだ、あれは、きっとそういうものなんだ”


 サライ村の蓮池の傍で、そう呟いた、とび色の瞳に濁りはなかった。

 ジャンが嘘をつくはずがない。私はジャンを信じることが出来る!


「行くわ! サライ村のみんなと一緒に」


 地上に降ろされたココは、霧花に軽く手を振ると、海岸に止まった船に向かってまっすぐに駆けていった。


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