第30話 至福の島を統べる者


 火の玉山では、ジャン、ゴットフリー、海の鬼灯との壮絶な戦いが続いていた。


「くそっ、あと少しで頂だというのに!」


ゴットフリーは、足元に積み上がった数え切れないほどの鼠の死骸を見つめて舌を打った。


「こいつら、死ぬと鼠に変わる。だが、しばらくすると、紅の灯の姿に戻って、また襲ってきやがる」


 それを切るとまた鼠の死骸だけが残る……これでは切りがない。 


 ゴットフリーは苦々しく口を歪めると、後ろに倒れているジャンの方へ目を向けた。

 ジャンは、次々に襲いかかってくる海の鬼灯を避け切れず、地面にたたきつけられるがままにされていた。


「不思議な奴だな。大テーブルを引き裂く程の力を持つというのに……海の鬼灯はやはり、苦手か」


 フレアおばさんの店でも、ジャンは海の鬼灯に手も足も出せなかったのだ。ジャンは、激しく息をきらしながら、隣の男を見上げた。


「お前だって……人のことを言えた柄か」


 ぽたぽたと、ゴットフリーの体のあちらこちらから血がしたたり落ちていた。海の鬼灯を切った分だけ傷が増える。その傷をえぐるように、また、海の鬼灯が刃のように飛んでくる。そして、火の玉山の下からはまた、新たな海の鬼灯が頂に向けて舞い上がってきていた。


「ゴットフリー!」


 がくんと横に膝をついた血にまみれの男を見やって、ジャンは顔をしかめた。


 僕は多少の事は平気だが、こいつは、これ以上血を流すとまずい……


 だが、手足に錠をかけられたように体が動かなかった。海の鬼灯に攻撃はできない……その時、ジャンははっと顔をあげ、


「ゴットフリー、さがってろ!」


 ジャンの体が蒼く燃えた。ジャンとゴットフリーの周りだけに円を描くような風が舞い上がる。そして、風が描いた円から土塊が、徐々に盛りあがってきた。


「攻撃でなく防御なら出来る!」


 土塊は、ジャンとゴットフリーを守る土の壁となって二人の周りを囲いだした。ちょうど土管を縦にしたような頑丈な土の円筒。それは、海の鬼灯の体当たりを跳ね返す十分な強度をもっていた。


 ジャンは上に開いた円筒から空を見上げて、ほっと息をついた。海の鬼灯たちは、彼らを探しながら闇をしきりに行き来している。


「良かった。奴らは視界から消えた者を見つける能力はないようだ」


 ジャンは、隣で憮然とした表情で座りこんでいるゴットフリーを見やり、


「お前、酷い姿だな。ちょっと、目をつぶってろ」


 そう言って、彼の額に右手を当てた。迸った蒼い光。すると、深く切り刻まれた痛々しげな傷が、みるみるうちに消えていった。


「お前……一体、何者なんだ……?」


 驚くゴットフリーを見つめて、ジャンは軽く笑みを浮かべた。


「それよりも、これからどうする? いっその事、日食が終わるまでここにいるか。日食が終われば邪気は火の玉山から去るのだろう」

「馬鹿な! それではここまで来た意味がない!」


 咎めるようにいうと、ゴットフリーは隣にいる少年を鋭く見すえた。


「日食が終わる一瞬だけなんだ。”レインボーヘブンへの道標”を知る事ができるのは。その一瞬が訪れる前に、なんとしても火の玉山の頂に行かなくては!」


 外では海の鬼灯が、彼らの邪魔をする土の円筒に執拗に攻撃をし続けていた。海の鬼灯はジャンたちだけでは飽き足らず、他から火の玉山に集まってきた邪気をも食らって、その数を増やしているようなのだ。


「ゴットフリー、お前は、なぜ、そこまでレインボーヘブンにこだわるんだ。 伝説の至福の島を探して、一体どうするつもりなんだ」


 上目使いに少年を睨めつけ、ゴットフリーは言った。


「……ガルフ島はもうすぐ水に沈む。俺はその日が来る前にレインボーヘブンを探し、ガルフ島の住民をそこに移住させるつもりだ。お前も別の目的でレインボーヘブンを探しているようだが、これだけは誰にも譲らない」


 すると、ジャンも、


「僕もレインボーヘブンを探している。僕はサライ村の住民をレインボーヘブンに連れてゆかねばならない。お前は知っているのか。レインボーヘブンはその住民だけの物。そして、サライ村の住民こそがその末裔である事を」

「アイアリス・レジェントか。俺がレインボーヘブンへの真の道標を探す手立てを知ったのも、水蓮が書庫で見つけてきた、あの本を読んだからだ。サライ村の住民がその末裔か? ……ならば、俺はサライの人間も連れてゆく。それなら、お前も文句はあるまい」

「それ、本気で言ってるのか。だからと言って、今のように奴隷として使う事はこの僕が許さないぞ!」


 すると、ゴットフリーは、


「誰がそんな事を言った。俺はレインボーヘブンへ行く民を選別などはしない。その意志がある者すべてを連れて行く。もちろん、人々を統率する人間、そして、法律は必要だ。だが、連れてゆく人間を最初から身分付けるつもりはない。なぜなら、それは誰かが行わなくても、自然にそうなるものだからだ」

「どういうことだ?」

「志のある者は人の上に立ち、安穏を願うものはそれなりの暮らしを選ぶ。闘争を好む者は、盗みを働き、人を殺す。それらは人が生きてゆく過程で必ず現れてくるものなんだ。悪と善の混交。そして、その対立があってこそ、人は考え向上して行く……自分の暮らしを守るために。それが国の形というものだ」


「では、盗賊が国を執れば国民はどうなる」


 ゴットフリーは、その問いに小気味よさげに笑った。


「それはそれで、活気があっていいがな、しかし、俺はそんな国を作る気はない」


 その時ジャンの脳裏に、かつて、ゴットフリーの遊び相手として島主の館に住んでいた、水蓮という少女が言ったという言葉が浮かび上がってきた。


「もともと、この世界に善悪の区別などない。それを善にするか悪にするかは人の心次第。その心を正しい方向へ導くことこそが、上に立つ者の役目……か」


 そして、ゴットフリー、お前がその人々の上に立つ者……”レインボーヘブンの王”になるというのか。


 ジャンは、それを自然に受け入れようとしている自分が不思議でならなかった。

 僕にはこの男の心がわかる。……同調シンクロしている。僕とゴットフリーは……


 その時だった。上空の黒い太陽の片隅からきらりと光があふれ出したのだ。


「まずい、太陽が現れだした。日食が終わるぞ!」


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る