第28話 日食の日
日食の日は快晴だった。首都、ゴットパレスの広場には、お祭りの露店が軒を並べ、日食の瞬間を見ようと集まった人々で賑わっていた。それとは対照的に火の玉山の周辺には人気が全くなかった。日食の日、火の玉山に邪気が集まる。ガルフ島の誰もがそれを知っていた。
「そろそろ八合目にかかるぞ。邪気なんてどこにもないじゃんか、これじゃただのハイキングだ。なら、もっと別の奴と一緒が良かったなぁ」
ジャンは、先をゆくゴットフリーの背に皮肉たっぷりに言った。
「お前はどうしようもない楽天家だな。そんな戯言を言ってられるのも今のうちだぞ」
ジャンは、次はどんな悪たれ口をきいてやろうかとほくそえんだ。こいつをこうやってからかえるのも、今のうちだ。
ー 日食の日には護衛をつけてやるから安心しろ ー
リリアの館でそう言った、ゴットフリー自らが護衛につくとは、ジャンにとっては、意外な事だった。それも、護衛は彼一人。他の護衛隊は誰もいなかった。
ジャンは、ゴットフリーの剣を背中にしょっているだけの軽装だったが、ゴットフリーは、さすがに腰に剣を携えていた。だが、完全武装というにはほど遠い姿だった。
ゴットフリーは、ジャンを振りかえりもせず、先に進みながら話を続ける。
「やたらに人数を集めるとかえって動きづらくなるからな。今年は三年前の日食は違って、完全に太陽が月の影に入る。その時、真昼の闇がガルフ島を包み込む。今年は鼠が大量発生したかと思うと、城下町に海の鬼灯が現れたり、不吉な事が多すぎる。日食の日に邪気たちは、その
城下町に鼠……そして海の鬼灯?
「まさか、城下町で男の子を襲った鼠のことを言っているのか」
「……やはり、あの子供が言っていた”蒼の光とおまじない”は、お前のしわざか」
“ガルフ島の大地よ、僕に力を貸せ”
そして、あの時、俺が聞いた大地の声は、やはり、……お前の声か。
だが、その事について、ゴットフリーはジャンに敢えて多くを尋ねようとはしなかった。
「ゴットフリー、お前が一人で来た理由って、警護隊を危険にさらしたくなかったからだろ」
ゴットフリーの背中がぴくりと揺れた。
「どういう意味だ」
「別に深い意味はないけど……」
「護衛に付けようと思っていたBWの姿が見えないんだ。俺が来たのは、奴のかわりだ」
「あの蒼白い参謀が? あいつって、いつも、コバンザメみたいに、お前にくっついてるんじゃなかったのか。ついに奴も恐れをなして、館から逃げ出したか」
ゴットフリー、僕にはなんとなくお前のことが解ってきた。お前はBWがいたとしても、多分一人で来たんじゃないのか。
ジャンが目で語った言葉の意味を読み取ったのか、ゴットフリーはぷいとそ知らぬふりを決め込んでしまった。それを見て、ジャンはくすりと笑う。
「今日は、あのうっとうしい帽子もかぶってないんだな。よく見ると、お前って、けっこう女の子にウケそうな顔してるじゃん」
ゴットフリーの黒い髪が、陽のあたる部分だけ紅に染まり風に揺れていた。
「俺に向かってよくそんな口が聞けるな」
「……にしても、その髪。それって生まれつきなのか。色が黒から紅に変わるなんて、おかしいよな。そういえば、フレアおばさんがお前のファンになってたぞ。その髪が神々しいんだって」
相変わらず、からかい口調のジャンを、ゴットフリーはぎろりと鋭い瞳で睨めつけた。
うっとうしいのは、俺の髪を見るそんな奇異な目つきだ。神々しい? ……馬鹿馬鹿しくて聞いていられるか。
「くだらねー理由。だから、かぶってるのか。あの帽子」
一人言のようなゴットフリーのつぶやきに、ジャンが返した言葉。ゴットフリーは、思わす、腰の剣に手をまわす。
だがその時、ジャンは急に足を止め、その場にしゃがみこんだ。そして、足元の地面をじっと見つめだした。
どこかでキーキーという野生動物の鳴き声が聞こえる。先程まで、快活に鳴いていた鳥達の声が微妙に高くなる。
地の気が変わった……
「……どうした?」
後ろを振りかえり、ジャンを見やるゴットフリーはまだ、何も感じていないようだった。だが、ジャンには分かるのだ。火の玉山に何かが来る……すると、
ガサガサッガサッ
ジャンの脇の草むらが揺れ、黒い塊が飛び出してきた。ゴットフリーは、思わず剣の柄を握りしめる。だが、
「ココッ!」
それは、息をきらしたココだった。ココはジャンを見て満面の笑みを頬に浮かべる。
「良かったぁ! ……ジャンに会えた!」
「ココ、お前、サライ村に帰ったんじゃなかったのか。何でこんな所に来たんだ!」
「だって、スカーから、ジャンはゴットフリーに火の玉山へ行かされるって聞いたから……荷物用のロープウェイに乗って登ってきたのよ。ジャンに会いたかったから」
ゴットフリーが冷ややかにココを見つめている。
「また、この娘か。BWがうまく館から逃がしてやったというのに、懲りない奴だ」
思いもしなかった黒い警護隊長の姿をジャンの横に見つけ、ココはぎょっと目を見開いた。
BWが逃がしてやった……って?
ゴットフリー、もしかして、あのトンネルを知ってた?
その瞬間、辺りは静寂につつまれた。そして、日差しが急に翳り始めた。すると、空気は一変し、鳥達はキーキーと奇声を発して空をさまよいだした。
「いけない! ココ、日食が始まる前に早く麓にもどるんだ。ここは危険すぎる!」
焦ってココの腕をぐいと引いたジャンに、ゴットフリーが言う。
「もう、遅い。鳥たちがねぐらへ帰りだした。日食が始まる! その娘、一人で帰れば邪気の餌食になるぞ」
その時だった。
“大丈夫、私がサライ村まで送るから”
風の中から、しなやかな声が聞こえてきたのだ。ジャンは、ほっと笑みをうかべた。
「霧花か! 助かった」
「え、霧花? 霧花がいるの? どこに?」
ココは狐につつまれたように、辺りを見渡してみる。だが、誰もいない。
「ココ、早く帰るんだ! 風がお前を助けてくれる」
ジャンは少女の肩に両手をかけると、その体をくるりと、彼女が飛び出してきた方向に向けた。だが、ココは再びジャンの方へ向き直る。
「いやよ! だって、今日、サライ村のみんなはガルフ島を出るの。ここで別れてしまったら、もう、ジャンとは一生会えないよ」
そう言ってしまった後で、ココは、はっとガルフ島を統率している警護隊長の方を見た。ゴットフリーは微妙に口をゆがめ、苦い笑いを浮かべている。
「大丈夫。レインボーへブンを見つけたら、必ず僕が迎えにゆくから。」
「何、レインボーへブンだと!」
ジャンは、驚いた表情のゴットフリーに、きっぱりと言ってのける。
「レインボーへブンは万民が憧れる至福の島! 僕がそれを探していたからって、何を驚ろく? お前もまた、幸福の場所を求めているのだろう」
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