第26話 ゴットフリーという男

 日食の前夜、サライ村の自分の家で、ココは考え込んでいた。 


 失くしてしまった蒼い石……それは、ジャンの力を封印または、解放する……。ジャンは前にそう言ってた。


“心配しなくても、そのうち、出てくると思うよ”


 突然現われたジャンの弟、リュカ……。ココはもう少しで何かにたどり着きそうな気がした。だが、余りに色々なことがありすぎて考えるのが嫌になってしまった。

 つかれた顔で部屋に飾られた植木鉢を見る。ココは咲いていた赤い花に向かってぽつりとつぶやいた。


「サライの住民は明日、日食が起こったら、ガルフ島から出てゆくの。お前は置いてゆくけど……ごめんね」


 その時、窓をがたがたと揺らす隙間風が家に入ってきた。ココが、風を冷たいと感じたのは、夏になってからは初めてのことだった。


「……でも、ジャンとリュカを置いて行くなんて、できないよ」


 泣きたい気持ちをこらえきれず、ココは涙をぽろりとこぼした。

すると……


“そんなことがあったの”


 艶のある優しい声が聞こえたかと思うと、柔らかな感触が、ふわりと頬を通り過ぎていった。ココは、驚いて後ろを振り返ったが……誰もいない。


「気のせい? でも、声が聞こえた……」


 何気なく、窓を開いてみた。夜風が頬をなでてくる。さきほどは、冷たく感じた風が、今は温かかった。


* *

 一方、ジャンはリリアの館で退屈していた。終日、軟禁状態が続き、特に何をすることもなく時を過ごしていた。ジャンにあてがわれた部屋は小綺麗な客間で、あの妖怪じみたリリアも姿を現わすこともなく、一応は快適だった。


「おい、ミカゲ、ここに座れよ」


 名を呼ばれた男は素直にジャンの横の椅子に腰掛ける。ミカゲはここでジャンの世話を命じられた館の若い使用人だった。


「ミカゲ、僕が連れていた子供たちは本当にサライ村に帰したのか」

「大丈夫です。私がタルク様に尋ねたところ、お二人共、帰したと言っておられましたよ」


 このいかにも正直そうな男が、嘘を言っているとは思えなかった。だが、昨日、この部屋へ入った時、ジャンはとてつもなく大きな力を感じたのだ。それは一瞬のことだったのだが……


 リュカに何かあったのか。とても悪い予感がする……


「驚いたでしょ。この館、大きいわりには住んでる人が少なくて」


 考え込んでいるジャンに、ミカゲが屈託なく話かけてきた。


「前は召使とかもいっぱいいたんですけどね、みんな辞めてしまったんですよ」

「リリアのせいで?」


 すると、ミカゲは、ジャンの耳元でささやくように、


「そうなんですよ。みんな島主を怖がって、逃げてしまって……残ったのは警護隊と、私みたいなここを辞めても行き場所のない者だけになってしまったんです」

「警護隊にも逃げた奴はいるんだろ」

「とんでもない! 警護隊を辞めたり、逃げた者の話など一度も聞いたことがありません」

「なるほどね。それほど、ゴットフリーが恐ろしいってわけか」

「何を言うんですか! ゴットフリー隊長は、警護隊のみんなからは一目置かれているんですよ。隊長がリリア様を押さえてくれなかったら、私など、とっくに処分されてしまっていますよ!」


 ミカゲの剣幕に、ジャンは心底驚いた。


「隊長は確かに、怖くて人を震えさせる。けれども、どんな困難も乗り越える力があります。ガルフ島の未来を一番に考えてくれているのは彼だ。だから、警護隊はそれを信じて、ついていくのです。辞める者など一人だっていませんよ」


 ジャンはほうっと、ため息をついた。ゴットフリー、解らぬ奴だ。


「それはそうと、屋敷の中がこうも静かすぎるのはどういうわけだ。外で何かあったのか」

 ジャンの問いに、

「この間の大きな地震のせいですよ。どうも、東の森に被害があったみたいで……あ、でも、たいしたことはなかったって、警護隊の方々が言ってました。日食の日も近いんで、きっと、みなさん、忙しいんですよ」

 と、ミカゲは笑って答えた。


 その時、壁掛時計の鐘が鳴った。

「あっ、いけない。もうこんな時間だ。ここで話したことは内緒ですよ」


 午後七時。ミカゲは大急ぎで部屋を出て行った。


 たいしたことはなかった……? そんなことはないはずだ。だって、僕の耳には、苦しげにきしむガルフ島の大地の音が、今でもはっきりと聞こえてくる……。

 住民をパニックにさせないためか。警護隊はこの島で起きていることを隠しているな。


 これも、ゴットフリーの命令か。


 ジャンは、ソファから立ち上がり、傍にあったベッドにどさりと仰向けになる。天井には鷹の模様が描かれていた。ガルフ島を総べる者の紋章……ゴットフリー。


「なぜ、気にする? 奴はサライ村の住民でもないのに……」


 ジャンが思わずつぶやいた時、びゅう……と床下から風が舞い上がってきた。

 ジャンは、ベッドから身を起こすと不思議そうにあたりを見渡した。そして、にこりと誰もいない空間に向かって笑顔を作った。


「初めまして……でいいのかな」

 しばらくすると、どこからともなく声が聞こえてきた。


“いいえ、もうお会いしているわ”


 ジャンは、破顔して言った。


「姿を現わせよ。霧花きりか


 

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