第24話 紅の閃光
「
なぎ倒されてしまった露店。変形した道。首都ゴットパレスの城下町で、ゴットフリーは忌々しげに顔をしかめた。
大変です! 城下町の露店が鼠の集団に襲われました。
ジャンを館の部屋に軟禁した後、下仕官からの報告に、ゴットフリーは警護隊を引き連れ城下町にやって来た。だが……すでに鼠の集団の姿はなく、後片付け以外には、やるべきことは何もなかった。
「城下町の露店のほとんどが壊されてしまいました。ここはガルフ島の物資がほとんど集まってくる中心地なのに……これでは、住民たちの生活がなりたちません」
タルクの報告に、ゴットフリーはそんなことは重々承知していると、ちっと小さく舌を打つ。その時、露店主の一人が恐る恐る近づいてきた。
「け、警護隊長……な、何とかなりませんか。俺たち……い、いや私たちは露店が出せなくなったら、もう生きてゆけません」
ぎらりと向けられた灰色の瞳。刺すような眼光に怯えて、露店主は後ずさった。ゴットフリーは淡々とその男に問いかける。
「鼠に襲われたと聞いたが、どういう状況だったんだ」
……と、その時、小さな男の子が、とことこと前に進み出てきたのだ。
「あのね、あのお兄ちゃんが助けてくれたの。 蒼い光で、こわいねずみを、追っぱらってくれたんだ」
「蒼い光でだと?」
ゴットフリーの視線が向けられた時、男の子の母親はびくんと身を震わせ、子供の腕を引っ張った。
― 要らぬことを言うんじゃない。気分を損ねでもしたら、この警護隊長は子供でも容赦はしない ―
ところが、今度は、ゴットフリーの方から男の子に歩み寄ってきたではないか。彼は、慌てる母親から男の子を引き離すと、その子を抱き上げて言った。
「俺に聞かせてくれ。その“お兄ちゃん”はどうやって、鼠を追い払った?」
「蒼い光を手からだして。あと、おまじないで、ぼくの足の痛いのも直してくれたの」
母親と露店主は、警護隊長の気分を損ねませんようにと、祈るような気持ちで、二人のやり取りを眺めていた。すると、彼らの気持ちを汲み取ったのか、タルクが助け船を出してきた。
「隊長、子供の話を聞くのもいいんですが……壊された露店主たちには、どう指示を出されます? この場所はもう使い物になりそうにもないが」
そうだなと、考えるゴットフリーの襟元に、男の子が手を伸ばしてきたのはその時だった。
男の子は、鷹を形どった警護隊長の金の襟章が気に入ってしまったようなのだ。ぐいと小さな指でそれを引っ張る。
― 馬鹿っ! 余計な真似をっ ―
そこに居合わせた誰も彼もがそう思った。
が……
「何だ? これが欲しいのか。でも、これはやるわけにはゆかない」
ゴットフリーは小さく笑い、男の子の手を襟章からそっと離した。それから、彼を下におろし、小さな手の中に金貨を一つ握らせた。
「これは情報を教えてもらった駄賃だ。ただのお飾りの俺の襟章なんかより、ずっと役に立つと思うぞ」
「ありがとっ」
息をはずませて、母親の元へ駆けていった男の子。その後姿を見送ってから、ゴットフリーはうって変わって冷たい声音で命令した。
「タルク、露店は今日中にすべて撤去させろ。この場所は封鎖。今後一切、この場で商いは禁止。従わない露店主は理由の如何をとわず処分する」
えっと、顔をこわばらせた露店主たちを尻目に、ゴットフリーの態度は淡々とそっけない。
「それと、スカーをここへ呼んで、鼠の出所を調べさせろ。駆除方法も合わせてな。それにしても、蒼い光とおまじないで、鼠を追い払った? そんなことをする奴は、あの”ジャン”しかいない」
その時だった。
「ここでの商いは禁止って、なら俺たちにどうしろって言うんだ! 冗談じゃないっ! 商売ができなかったら、死んだも同じだ」
おいすがるようにタルクの元に商店主たちが、詰め寄ってきた。
そりゃそうだろう。それに、ここの露店を閉鎖してしまったら、ガルフ島の経済活動自体がたがたに崩れてしまう。
警護隊長にそれが分かっていないはずがないのに……この人は一体、何を考えているんだ。
腑に落ちない表情のタルクの横をすり抜け、ゴットフリーは商店主たちの目前へつかつかと歩み寄ってゆく。
「あの鼠たちは、多分、崩落した北東の方向からやって来たんだ。崩落がきっかけでガルフ島に巣くっていた奴らが、地表に出てきてしまったのだとしたら、ここに露店を作り直したとしても、また奴らに襲われるのは目に見えている」
「で、でも、商売までやめろなんて、それはひどいっ!」
「なら、この場所で青空市でも開くか。だが、その前に周りをもう1度よく見回してみろ。この場所はおかしな鼠たちにもう囲まれてしまっている。露店の残骸、柱の陰、おびただしい数の紅の瞳が、今も俺たちを見つめているではないか」
商店主たちはぎょっと、周りに目を向けた。
物陰から光る無数の紅の瞳
「あ、あいつら、いつの間に戻って来やがったんだ!」
「わかったなら、即日、露店は取り壊せ。更地にして、ここはしばらく様子を見る方がいい」
「でも、商売がっ!」
「島主の館の一番奥の庭園を提供する。あそこなら壁があって鼠は入り込めないだろうし、警護隊たちもいる。城下町にも近いだろう」
「……」
商店主たちは、一様に口をつぐんでしまった。
そんなことをやっていいのか。リリア様の許可もなしに?
何か言おうとしても、次の言葉が浮かんでこない。島主の庭を露店になんて、へたをしたら、俺たち全部、
「足の弱いリリアが庭園の奥まで来ることはまず、ありえない。誰かが密告しなければ、彼女には何もわからない。まあ、そうなったとしても、BWあたりが、うまく誤魔化してくれるだろう」
これ以上は聞く耳はもたぬと、ゴットフリーは馬に飛び乗り、
「タルク、帰るぞ。BWを探して指示を出しておけ。それまでは残りの警護隊と商店主で作業を進めるんだ。俺への無駄な報告は間違ってもするな。お前は、必要な情報と報告だけを俺にまわせ」
と声をあげた。
「ま、待ってくれ! あの鼠たちのことは……」
商店主の一人が、ゴットフリーの馬に駆け寄る。残酷無比な警護隊長? 確かに有無をいわせぬ冷徹さはあるが……何だか噂とは違っているぞ。ところが……
え?
壊れた露店の隅に隠れていた鼠が、一匹また一匹と路上に姿を現しだしたのだ。 それらがゴットフリーの後を追いかけるように、彼の馬の足元についてくる。
城下町に居合わせた全員が、ぎょっとその様に目をやった。
「た、隊長、後ろっ、後ろを見て下さい。あ、あの鼠たちが後をついてきますっ」
横を馬で併走していたタルクの言葉に、ゴットフリーは振り返り、訝しげに目を細める。
鼠の紅の瞳が、らんらんと輝いている。けれども、襲ってくるような様子は見せず、それらはゴットフリーの馬の後を追いながら、長い行列を作っている。
「俺は、ハメルンの笛吹き男か」
苦い笑いを浮かべて、黒衣の警護隊長は吐き捨てるように言った。
「失せろ! あの寓話と同じに水浸しにされたくなければ、この島から出てゆけ!」
次の瞬間、ゴットフリーでさえもが、目を疑うこと態が起こった。
彼らの後方に列を成していた鼠の集団の瞳が、一斉に激しい光を放ちだしたのだ。
紅の閃光は、一つにまとまり、螺旋を描きながら大きく膨らんでゆく。 見る見るうちにそれらは、紅く燃える火の玉に姿を変えていった。そして、ぶわりと上に浮かびあがり、空中で更に大きく膨張しはじめた。
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