第22話 スカーの策略

 フレアおばさんの店で、ココは頬をふくらませた。


「ん、もうっ! 体中、砂だらけよ。あいつら、今度、会ったらただじゃおかないんだからっ」

「命拾いをしたんだ。そう怒るな」


 苦い顔をしながらスカーがそう言った。その横で、フレアおばさんが、ココの砂まみれの服を優しくはたいて落としてくれた。


「そうだよ。スカーがあの“穴”で島主の館を探ってたら、あんたが落っこちてきたなんて、もうびっくりだよ」


 リリアの館での出来事を思い出すだけで、ココは背筋が寒くなった。

 ココは大広間の横の部屋で、“レインボーヘブンの伝説”を見つけたのだ。その瞬間に警護隊に後ろから掴まれて……気がつけば、深い穴に突き落とされていた。そして、その時、信じられない言葉を耳にした。


”は、早く埋めろ! BWブルーウォーターの命令だ!”   


BWの命令ですって? そうか、きっと、親代わりだったゴメスさんたちも、ここに埋められたんだ。ココは死を覚悟した。その時、


「ココじゃねえか!? 」


 ココを引き上げて、助けてくれたのは、スカーだった。実は、島主の館の処刑場の穴の下には、フレアおばさんの店へと続くトンネルが掘られていたのだ。


「スカーが、あんな所までトンネルを掘っていたなんて……」


 呆れた顔で、ココは周りにいる男たちに目を向ける。


 あ……そうか、警護隊の宿営地から、スカーがいつの間にかいなくなったのも、このトンネルに入ったからなのか。


 スカーが得意げに笑う。


「だから、お前が埋められた時も、すぐに助けることができたんだ」

「……ちょっと、待って!……ということは……」


 ココは顔をぱっと紅潮させて、フレアおばさんに目を向けた。


「もしかしたら、ゴメスさんたちも!」

「殺された人間が、大手を振って村を歩くわけにはゆかないから、村はずれに隠れてはいるけどね」

「ほんと、ほんと、ほんとうなのね!」


 ココは飛び跳ねるようにフレアおばさんに抱きついた。しかし、スカーの次の言葉は、ココの心を曇らせた。


「ココ、日食の日に、俺たち、サライ村の住民はガルフ島を出るぞ」

「えっ! ガルフ島を出るって……」

「そうだ。俺たちには自由がねぇ。この島にいても、奴隷のようにこき使われるだけだ。あのリリアの様子では、命の保証もないしな」


「日食の日って……二日後のこと? なんで、そんな急に……」


「その日しかねぇんだ。ゴットフリーや警護隊の目をかいくぐって、この島を出れるのは。どうやら、日食の日にゴットフリーは、あのジャンとかいう子供を火の玉山に行かせるらしいぞ。日食の日は町の祭りでもある。ジャンと祭りで、島の警護が手薄になる絶好の日なんだ」


「何ですって! ジャンが火の玉山に?」


 フレアおばさんは、こくりとうなづく。


「仲間がゴットフリーとジャンの話を聞いてきたんだよ。あのトンネルは館の大広間の下にも続いているからね」


 戸惑うココを見て、スカーが言った。


「ジャンが剣を持って火の玉山に行けば、サライの住民に自治権を与えると……ゴットフリーは言ったらしいぞ。だがな、今さら自治権をもらったところで何になる? ガルフ島は近い将来、海に沈む島だ。俺たちは島を出る。そして、探すんだ。俺たちが幸せに暮らせる場所を」

「でも、ジャンは? ジャンは、みんなのために火の玉山に行くんでしょ? 日食の日は、危険だよ! 火の玉山に、邪気が集まる日なんだから」


 スカーは、含んだ笑みを頬に浮かべる。


「だからこそ、最高の日なんだ。日食の日には、うみ鬼灯ほおずきまでが火の玉山に集結する。海からあれがいなくなることなど、他の日には望めねぇからな」

「そんなの酷い! スカーは、ジャンを見捨てる気なの!」

「心配しなくても、あいつは一人でも大丈夫だ。あの強さはハンパじゃねぇ。あいつには、いつか手伝ってもらうかもなと、言った覚えがある。今がまさにその好機なんだよ……」

「人でなし! 分かってるわ。スカーは、ジャンを利用してゴットフリーの目を自分たちから逸らそうとしてるんでしょ」


 ココの目に涙が滲む。あんなに一生懸命、サライ村を守ろうとしているジャンを……なぜ、見捨てる!


「スカーぐらい頭が良かったら、ジャンの一人くらい助けられるじゃない。あんたはいつも逃げたり隠れたり、どうして、もっとゴットフリーに立ち向かおうとしないのよ!」

「立ち向かわないって? この俺が? 言っただろ、俺のこの顔の傷は……」

「ゴットフリーにつけられた傷が何よ! スカーはそれでびびっちゃったんでしょ!」

「お前! 黙っていれば調子に乗りやがって……」


 だが、スカーがココに拳を振り上げた時、フレアおばさんの店の扉が開いた。入ってきたのは、夕方から店を手伝うつもりでやってきた、霧花きりかだった。


「何、いったいどうしたの?」


 普段と違う張り詰めた空気……霧花が戸惑っていると、フレアおばさんの手をふりほどいて、ココが駆け寄ってきた。 


「霧花! 霧花はジャンを置いて行ったりしないよね」

「置いてゆく? 何のこと?」

「だって、サライ村のみんなが……」


 すると、急に

「ココッ!」


 大声でスカーがココを制したのだ。フレアおばさんの店の空気は、いっそう悪くなり、辺りは凍りつくように静まり返った。


「みんな、ゴットパレスへ帰るぞ!」


 スカーは、がたんと席を立ちあがった。霧花の方をちらりと見る。それに続き、他の男たちも席を立った。


「もう、夕方か。すっかり長居をしてしまった。あまり姿を消していると警護隊がうるさいからな」


 そして、フレアおばさんに目配せすると、スカーたちは店から出て行ってしまった。


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