第21話 狂った島主

「リリア……部屋での昼寝から目を覚ましてこちらに来ていたのか……」

 ゴットフリーは口の中で舌をうつ。


「我が息子を侮る奴は、生き埋めにしてしまえ!」


 これが、島主リリアか……ひどく毒を放つ声だな……。


 リリアの姿はカーテンに遮られ、見えることはなかったが、ジャンはあえてそちらへ顔を向けようとはしなかった。不快だった。リリアから感じる何もかもが。


 カーテンの向こうの声は言う。


「そうだ! いい事がある。そいつに、あれを見せてやれ。見れば生意気な口を聞けなくなるぞ」


 年老いた島主の声がヒステリックに室内に響く。


「リリア、それは……いけません!」


 ゴットフリーの制止を全く無視して、リリアは、手元にあったボタンを押した。すると大広間の窓側にあるカーテンが徐々に開いていった。

 その向こうには庭のような、広場が見えた。ジャンは、急に入りこんできた日の光がまぶしくて思わず目を細める。だが、カーテンが完全に開ききった時、


「こ、これは……!」


 庭のように思えた広場には数十個もの穴が開いていた。穴の一つ一つの脇に土が小山のように盛られている。ジャンは震えた。ココから前に聞いた言葉が脳裏を巡る。


 ”島主リリアにとって、サライの住民たちは、海の鬼灯を鎮める生贄みたいなもんなのよ”


「……お前たちっ、ここにサライ村の住民を埋めたな!」


 それは、一目瞭然の処刑場。

 生き埋めの場所。


* *


「何てことをしやがるんだ!」

 ジャンは、立ちあがると泣き声のような叫びをあげた。


「タルク、カーテンを閉めるんだ!」


 ゴットフリーに命令されたタルクは、おろおろと迷うばかりだった。リリアの行動を止める事はゴットフリーであっても許されない。


「なぜ、止める?サライを死刑にするならば生き埋めにしましょうと、勧めたのは、 ゴットフリー、お前だよ。そいつもあの穴へ埋めてやれ。さすれば、恐怖はなくなるよ。あのいやらしい、海の鬼灯も消えてなくなるだろ」


 狂っている……ジャンにはどう見ても、リリアは狂っているとしか思えなかった。あの穴でココの親代わりだった人たちも生き埋めにされたのか、だから、ココはあんなにゴットフリーを嫌ったんだ。許せない……!


「あ、あいつ蒼く光りだした。まずいぞ、あの時、山を作った時と同じだ……」 


 ジャンの体は蒼い光につつまれていた。髪は逆立ち、目は黄金に輝いている。

 風が起こり、突風が渦を巻き、大広間にあった絵や置物をむしりとる。ぴしりという音と同時に、ゴットフリーの執務机の上にあった大窓のガラスに亀裂が走った。


「隊長、危ないっ!」


 タルクの声がしたと同時に、窓ガラスが砕け散った。


「待て! 俺の話を聞け!」


 咄嗟に大テーブルの下にもぐり込んだゴットフリーは、風とガラスを避けながら、ジャンに叫んだ。


「お前の話はもう聞かない!」

「それならば、サライ村は全滅だ!」


 その一言で、風が凪いだ。ジャンは憮然とした表情で瓦礫の中に立っている。


「今ここで俺が警護隊に一言、命令すれば、サライの住民を皆殺しにだってできる。爆薬で村を吹き飛ばすか? それとも一人一人、切り殺してまわるか? いくらお前でもこの場所にいて、全員を助けることはできないだろう」


 ゴットフリーはテーブルの下から出ると、荒れ果てた大広間に目をやってから、ジャンの正面まで歩いていった。立ち止まり、勝ち誇った灰色の瞳を彼に向ける。そして、後ろのカーテンに向かってたずねた。


「リリア、大丈夫ですか。リリア……」


 いくら呼んでも返事がない。ゴットフリーは苦い笑いを浮かべた。


「逃げ帰ったようだ。自分の部屋に」


 ジャンは軽蔑の色を露にしてゴットフリーを睨み付けている。


「お前には、二日後の日食まで、この館でおとなしくしていてもらう。日食の日の山登りには護衛をつけてやるから安心するがいい。もし、不審な事をしたら……わかっているな」


 ゴットフリーは、部屋の隅に避難しているタルクに向かって命令した。


「タルク、こいつを別室へ連れて行け!」


 ジャンは、無言でゴットフリーをきつく見据えた。そして、叫んだ。


「ふざけるなっ!」


 ジャンは、目の前の大テーブルに両手をばんとたたきつけた。そのとたん、蒼い光が亀裂となってテーブルの中央を走り出す。

 めりめりと大音響を伴って、大広間の長さの大半を占拠していた大テーブルは縦から真っ二つに切り裂かれた。

 そこからは、まるでスローモーションのようにゆっくりと…… ゴットフリーの目の前で大テーブルは左右にきれいに分かれ、


 ……崩れ落ちた。


「別室に行く!」


 ジャンは預かった剣を小脇にかかえると、タルクの前を通り過ぎ、自ら大広間から出て行った。タルクは大急ぎでその後を追いながら、ゴットフリーに小声でつぶやく。


「あ、あのサライ村の娘。書庫で警護隊につかまったそうです。何やら探りをいれていたらしくて」

「書庫? それで、あの娘をどうした?」

「BWの命令で……」

「BW?」

「始末しました。リリア様がカーテンを開ける少し前に、あの穴に埋めて」

「そうか……」

「何か不都合でも」

「いや、別に問題はない。BWの判断にまかせておけ」


 タルクが大広間から出て行く。ゴットフリーは、その後に、窓の後ろのカーテンを開けた。すると先程までリリアがいた小部屋が姿を現わした。


「この部屋はないにこした事はないんだが……リリアにも困ったものだ」


 ゴットフリーは、小部屋にあったボタンを押した。すると、カーテンが閉まり出した。

 大広間から見た処刑場の風景がせまくなる。数十個開けられている穴の中で一つだけ土砂が盛られたものがあった。

 それは、ココが埋められた場所だった。


「全く、よい判断だったよ。BW」


 大広間に残された大テーブルの残骸を見据え、


「当分はこの部屋は使えないな」


 苦笑すると、ゴットフリーはジャンとタルクを追うように大広間から出ていった。

 と、その時、警護隊の下士官が、ゴットフリーに駆け寄ってきたのだ。


「隊長っ、大変です! 城下町の露店が鼠の集団に襲われました!」

「何っ!」


 また、鼠かと顔をしかめたが、ゴットフリーはすぐさま、部下に指示を出した。


「俺は、今から城下町へ行く。警護隊はタルクと一緒に、できるだけ早く後を着いてこい! 」


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