第18話 ジャンの記憶

 至福の島、レインボーヘブン。その島は遥か昔、突然海に消えた。だが、レインボーヘブンの守護神アイアリスはその地を七つの欠片に分けて、それぞれの力を封印した。欠片たちは、散り散りに飛び去ったが、アイアリスはその住民に約束を残した。遥か未来、必ずレインボーヘブンを彼らに返すと。


 その女の先祖は、ある日、女神アイアリスからこんな天啓を受けたそうだ。


“レインボーヘブンの欠片たち”が長い眠りから目覚めた時、彼らに伝えよ、”レインボーヘブンの伝説“を。とりわけ、レインボーヘブンのいしずえ”大地”には守りの石を与えよ。大地が目覚めた時、欠片たちは彼の元へ集う。

 『レインボーヘブンはまた蘇る。七つの欠片が集結し、その血を受け継いだ住民たちが再びその地を訪れた時にまた、蘇る』……と”


 占い師の女は、蒼く輝く石を見て言った。


「お前は”レインボーヘブンの大地”。女神アイアリスは、大地の力を封印した上にさらに封印を重ねた。膨大な力を持つ大地の突然の目覚めは、自然のことわりさえも壊しかねない。この石は大地の力を時には封じ、または開放しながら姿を変える。この石が蒼く輝いた。それは、お前がレインボーヘブンの欠片”大地”である証。他の欠片では石は輝かない」


「他の欠片? 僕の他にも欠片と呼ばれる者がここへ来たのか」


 僕の問いに女は、頷いた。


「彼らはどこにいる?」

「行方はわからない。多分、探しているんでしょう。レインボーヘブンの他の欠片と住民たちを」

「多分って……なぜ、お前は彼らをここに留めておいてくれなかったんだ!」


 女は笑った。


「……彼らがここに来たのは、何百年も前の事。私に留め置くことなどできるはずもないでしょう」


 レインボーヘブンが消えてから、途方もなく長い時が過ぎていたのだ。僕は、それほど長い時間を眠っていた。 


 女は言った。


「お前は、レインボーヘブンの他の六つの欠片とその住民を探さねばなりません。なに、記憶が戻るにつれ、それらは自然に”大地おまえ”の元に集まるはずです。だが、レインボーヘブンへの真の道標……それは、自分自身で探さねばならない」


「真の道標? レインボーヘブンへの?」


「それは、記されている。口承ではなく、文字でしたためられたこの世で一冊だけの書、レインボーヘブンの伝説 “アイアリス・レジェンド”に」


 話を終えると、ジャンは、深くため息をついた。


「分かったろ。だから、彼女に出会ったその時から、僕はレインボーヘブンの住民たちと、至福の島への真の道標を探すためにずっと旅を続けてきたんだ」


 ジャンとココは、しばし口をつぐんだ。リュカは二人の隣で退屈したのか、こくりこくりと寝息をたてだした。


「僕は、いつか必ずレインボーヘブンの真の道標を見つけ出す。そして、欠片たちと住民を幸福の島へ連れて行く! そうすれば、僕はレインボーヘブンの大地にもどることができるんだ」


「そうか……だから、ジャンはサライ村の住民たちを見つけてあんなに喜んでたんだ。でも、蒼い石って……ジャンが胸にかけていたペンダントのことじゃないの? あれは失くしてしまったんでしょ」


  まあねと、ジャンは小さく笑った。


「まだ、何かあるっていうの。あ、でも、占い師が言った“蒼の石”は封印がとかれた時、大地の記憶と共に姿を変えるって……それって」

「そう。でも、その事よりも、僕があの警護隊長ゴットフリーと戦ったあの時、蒼い石の封印は初めてとかれたんだ」

「それは、いったい、どういう意味?」

「僕にもよく、わからない。わかっているのは、石が僕の力を引き出し、石が輝く時に僕の力は大きくなる。その始まりはあの時だった……という事だけなんだ」


 黙り込むココ。ジャンは話を続けた。


「 “黒馬島くろうまとう”それが、僕が目覚め、占い師の女に出会った島の名前だ。でもね、一度、島を出た僕が再びその場所を訪れようとしても、黒馬島には行きつくことは出来なかった……消えてしまったんだよ、その島も“占い師の女”も」


 その時、ジャンの瞳の色が少し翳ったと、ココは思った。


「僕は、レインボーヘブンの手がかりを全部、失ってしまった。けれども、僕はなんとしても、レインボーヘブンの場所を知りたいんだ。だが、誰がそれを記した書“アイアリス・レジェンド”の在りかを知っている? アイアリスに隠された他の欠片たちはどこにいる? 」


 こんな苦しそうなジャンを見るのは初めて。ココは自分まで、悲しい気持ちになってきた。しかし、それにはジャンとは違う理由があったのだ。


 ジャンは前に私はレインボーヘブンの住民じゃないって言ってた。

 ココはそれが悲しかった。


「ジャン……私は連れていってくれないの? レインボーヘブンに」


 ココが突然、そんな事をいいだしたので、ジャンは驚き戸惑った。


「ココ……レインボーヘブンはその住民だけのものなんだ。ココは……連れて行けない」


 先程まで悪たれ口をきいていたココが、急にしゅんと首をうなだれてしまった。ジャンはココに何と声をかければいいのか、その答えは見つかりそうにはなかった。


「ジャン……」


 目に涙をいっぱいにためてココがつぶやく。


「せっかく、ジャンと友達になれたのに。そして、リュカとも」


 その時、眠っていたリュカがはたと目を見開き、青い瞳を凛と輝かせた。

 リュカの背中のあたりが白く輝いている。


 封印がまた解かれる!


 ジャンは思わず顔をしかめた。ジャンの右腕あたりまでが、ぼうっと蒼く輝きだしたのだ。今、ここで封印がはずれるのはまずい。ジャンはまだ、封印がはずれた後の大きな力を制御する事ができない。その時、大広間の扉が突然開かれたのだ。

 現れたのは、長剣使いタルクを伴った、全身黒ずくめの警護隊隊長、ゴットフリー。


「ココ、早くリュカをつれてこの部屋から出ろ! 力が溢れ出す前に!」


 ジャンは有無をいわさず、ココとリュカを後ろにあった扉の向こうへ押し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る