第17話 ココの疑問
ココはジャン、リュカと共に通されたリリアの館の大広間で、ほぉっとため息をもらした。
「すごい豪華。それにあんなに天井が高い……」
正門にいた警護隊は、意外なほど、すんなりと、三人を館の中に案内してくれた。
大広間の中央には、ゆうに三十人は座れそうな大テーブルが置いてあった。テーブルの一番奥にある豪奢な造りの椅子の両肩には飛翔する鷹の装飾が施されていた。
鷹はガルフ島のシンボルであり、椅子の後ろに一面に貼られた赤いビロード地のカーテンにも、金糸で鷹の刺繍が縫い込まれていた。
ココ、ジャン、リュカは、その豪奢な椅子と正反対側の椅子を案内人にすすめられ、ゴットフリーが部屋に現れるのを待っていた。
「僕たち、早く来すぎたようだね……まったく、人を呼びつけるんだったら、時間くらいは決めておけよな」
と、ジャン。
「あの派手な椅子が、ゴットフリーの椅子なんだわ。だって、一番偉そうな椅子だもん」
「それにしても、豪華な館だな。こんなに小さな島の一島主の館にしては」
ジャンにココが答える。
「昔はね、ここの島も今みたいに水びたしではなくてお金持ちだったから。山を掘れば金や銀が出たし、海からは魚や貝がいっぱい獲れたんだよ。だから、ガルフの人間は、楽な暮らしができたんだ……今は、もう取り尽くしちゃって、何もないのにね」
「なるほど……そういうわけか」
ジャンは納得したように、頷いた。
「よく似た話があるものだ、金や銀……。だが、レインボーヘブンとは比べものにもならない」
隣で独り言のようにつぶやく、ジャンをココはいぶかしげに眺めた。
ジャンがレインボーヘブンの大地? 信じられるわけないじゃない。そんな大きなものが、どうやったら、ジャンに化けれるのよ
「ココ……」
ジャンはココの気持ちを汲み取ったのか、優しく笑った。
「ココ、知りたくはないか。かつて至福の島と呼ばれたレインボーヘブンのことを」
ココは、その時ジャンの瞳に黄金の光が走るのを見た。だが、それはココが目で追おうとすると、ほんの一瞬で消えてしまった。
「レインボーヘブンより、ジャンの話が聞きたい。ジャンはどこから来たの? それに、ジャンがレインボーヘブンの大地だというなら、なぜ、今は人間の姿なの」
「それは……」
ジャンは、少し言葉をつまらせたが、思い直したように自分の生い立ちを語り出した。
* *
「旅に出る前、僕はね眠っていたんだ。それも、気が遠くなるほど長い時間を。そして、目覚めたのは、草や木のはえた洞窟のような場所だった」
「眠っていたの? そんな場所で、たった一人で?」
「うん。自分の他には誰もいなかった。名前も歳も自分が何者かさえわからない。ただ、その薄暗い場所に差し込んでくる陽の光をたよりに僕は、外へ出てみたんだ。そしたら……」
「そしたら?」
「まぶしくて……とてもまぶしくて……今も忘れることができないよ、陽の光が一斉にふり注いできた時のあの感じ!」
ジャンの言葉に、リュカが微笑んだ。
「体中に自然の力が流れ込んできた。足元から心臓の鼓動が聞こえるようだった。その時、僕はレインボーヘブンを思い出したんだ。緑の草原、色とりどりの木々、蓮の香り……僕はその自然と一体だった」
「信じらんない。そんな事だけで自分がレインボーヘブンの大地だと思ったって?」
ジャンは笑う。
「だって、ココは自分が”人”であることを疑ったことがあるのかい? それは、僕にとっても同じだよ。僕は大地だ。至福の島、レインボーヘブンの」
「ぜ~んぜん、意味、分かんない! もっとね、私の頭のサイズに合わせた話にしてよ」
ココは、頭を指差しながらぷうっと頬をふくらませた。
ジャンも笑ったが、
「でもね」
と、顔を曇らせる。
「なぜ、僕は、そんな場所にいたんだろう? 思い出せないことが多すぎた。そして、何よりも僕をうろたえさせたのは」
「うろたえさせた? ジャンを?」
「そう、何で、僕が人間の姿になってるんだって事だよ」
一瞬、ジャンは口をつぐみ、ココと目と目をかわす。
「仕方なく賑やかな人々の声をたよりに、僕は町へ向ってみた。そして、小さな商店街を見つけたんだ。目の前の店には美味しそうな食べ物が山積みだったが、本当にその時はどうしたらいいのか分からなかったんだ」
「私だったら、林檎の一つもかっぱらって食っちゃうのに!」
ジャンは笑って言葉を続けた。
「でもね、そこで僕は出会ったんだ。僕にレインボーヘブンの伝説を伝えたあの不思議な
* *
顔にかけられたベールが邪魔で若いんだか年寄りなんだかよく分からない。女はその商店街で占いの店を開いていた。僕は彼女に招かれるまま、店に導かれていったんだ。
暖かい紅茶にサンドイッチ! 女に出されて初めて口にした食べ物は、すごく美味しくて、みるみるうちに体が温かくなってゆくのが分かったよ。
女は、サンドイッチにかじりつく僕を見つめていた。そして、食事が終わるのを待ち構えていたかのように、僕の手に小さな石を握らせたんだ。
すると、僕の手の中で、石は蒼く輝き出した。手の中が熱くなるほどの強い光で。
「五百年、私たちは待った。そして、やっと見つけた。お前は大地。至福の島、レインボーヘブンの!」
この人は僕を知っているのか。待っていたって……五百年も? 僕を?
「お前、なぜ、僕を知っているんだ」
「私は待っていたのよ。レインボーヘブンの七つの欠片が目覚めるのを。その“伝説”を伝えるために」
「レインボーヘブンの七つの欠片? “伝説”?」
「そう、女神アイアリスに守られた至福の島レインボーヘブンの」
そして、その女は僕に話し始めた。レインボーヘブンの伝説を。
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