第16話 ゴットフリーの思惑

「……で、傷の具合はどうなんです。昨日の今日ですからね。休んでいた方がいいのでは?」


 リリアの館の回廊の奥、天井近くまでの巨大な窓がある部屋で、BWブルーウォーターはゴットフリーと向かいあっていた。

 ゴットフリーは窓の下にある執務用の机に頬杖を付き、不機嫌そうに机の前に立つBWを見やる。その首筋には昨日、紅い光に切り刻まれた痛々しげな傷跡がくっきりと浮かびあがっていた。

 右側の壁には中央に島主リリアの肖像画がかけられている。高級な調度品にかこまれた部屋はいかにも贅沢だった。


「そんな事を心配する暇があったら、ガルフ島の被害状況を教えてもらいたいね。水没の範囲はどこまで広がった? 修復の可能性は?」

 BWはうるさそうに額にかかった緑の髪をかきあげる。昨日、紅い灯に食いちぎられた右の指はその事実がなかったかのように元にもどっていた。


「修復? そんな事は考えない方が懸命でしょうね。まあ、昨日見た状況から変わりありませんよ。ただ、雨が降って地盤がゆるめば、ゴットパレス方向にできた亀裂が広がる可能性は大です」


 ゴットフリーは、考えこむように窓の外に目をやった。


「至急、東北の地盤を補強しろということか。火の玉山の小規模な噴火でも、今の状態では危険だな。スカーはもう、現場に行かせたのか」

「無駄な事だと渋い顏はしていましたがね」

「無駄なものか。あいつはわかっているのに、知らぬ顔をしている。このガルフ島にあいつほど、地質と建築学に長けた者は他にはいない」

「えらくスカーをお気に入りのようで……いや、気に入っているのは、その知識の方ですか」


 そうかもな。と、ゴットフリーは小さくつぶやく。


「一体どこで学んだものか。できれば、このガルフ島の者たちにも手解きができればいいんだが」

「……まだ、あなたはそんな考えをお持ちなのですか。そんな事をしたらリリア様が何と言うか」


 BWは、飽きれたような表情をする。


「そうだな、そこが、難しい。島主はサライがお嫌いだ。だがな、ガルフ島は今のままではだめだ。一時的に避難できる他の島を探すにしても、ここの体制は閉鎖的すぎる。いずれ、沈んでなくなる運命なら、今のうちにもっと昔のように外界と交流をもつべきなんだ。すべてが手遅れになる前に」

「ならば、リリア様を幽閉でもして、やりたい風にやればよろしいでしょう? 今のあなたの力なら、それは造作もない事なのに、何をそんなに躊躇するのです」


 だが、そう言い終わらないうちに、BWはぞくりとした冷たい感覚に眉をひそめた。


「お前、冗談がすぎるぞ。島主を幽閉などと、口が裂けても言うべきでなない!」


 上目遣いに睨むゴットフリーの灰色の瞳に、BWは一瞬凍りつく。だが、無理に笑顔を作ってみせる。


「いや、失言でした。でも、なぜ、あなたは、そこまでリリア様に気を使うのです」

「俺は島主リリアに恩義がある」


 俺は本来、こんな豪華な屋敷にいるような者ではない。だから、何があっても島主を裏切る事はしない。


「そして、島主が守ってきたガルフ島を統率する責任が、俺にはある」


 BWは俯き、ゴットフリーに見えない位置でくすりと笑う。


 リリアとは関係なしに、人の上に立つ運命。この人に、それが解っていないとは思えないのですがね。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。入れ、というゴットフリーの声と同時に扉を開けたのは、タルクだった。


「隊長!や、奴が来ましたっ!」


 BWは、またこの五月蝿い男かと、白けた顔をする。タルクも、いけ好かない野郎がいると、顔をしかめる。BWとタルクは、本能的に気が合わないらしい。


「やはり来たか。確か、ジャン・アスランとかいったな」

「ジャン? あの子供を屋敷に呼んだのですか。また、どうして?」


 BWは、解せない顔でゴットフリーに問いかける。だが、ゴットフリーはそ知らぬふりでタルクに命令する。


「タルク、大広間に通しておけ。絶対、手を出すんじゃないぞ」

「はあ、他にあの時の娘とおかしな子供も一緒なんですが……」

「一緒に通しておけ」


 不本意ながらも、わかりました。と、一礼するとタルクは部屋を出ていった。


「あの子供たちに興味がおありですか。また、酔狂な話ですね」


 というか……当然の成り行きか


 BWは、薄く苦笑いをする。


「まあな、なんなら、お前も来るか」

「いや、私はもう一度、北東の半島を見に行こうと思っています。修復……とやらの可能性を探しにね」

「嫌味な奴だな。それにしても、ジャン、あいつの力は何なんだ? 危険……というのとはまた違う、あの力は」

「あなたらしくもなく迷っているのですか。まあ、お会いになるなら、直接本人に聞いてみたらいかがです? 案外、あっさりと教えてくれるかも知れませんよ」


 ゴットフリーは、BWの言葉に思わず顔をしかめる。


「馬鹿な事を! へらず口をたたく暇があったら、さっさと行ってしまえ」

「了解しました。では、また後ほど」


 危険なのはジャンではなく、むしろあの子供の方なのですよ……青い目を燐と輝かせたあの小さな子供がね……。


 ゴットフリーに意味ありげな一瞥を送ると、BWは部屋を出ていった。


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