第14話 敵か味方か
急に風が冷たくなった気がした。
やがて、古びた煉瓦造りの倉庫が見えてきた。そのすぐ後ろに
中世の城のような造りの白亜の館と、いまにも崩れそうな煉瓦の倉庫は、おそろしく対照的だった。
まるで、首都ゴットパレスの繁栄の表と裏。
倉庫の前には、その裏側を絵に描いたような汚れた男たちが、荷降ろしをしていた。
すると、
「おい、何ごとだ?」
男たちの中の一人が慌てて、ジャンとココの方へ歩みよってきたのだ。
右の頬の刀傷。それは、昨日会ったばかりのサライ村のリーダー、スカーだった。
ココは悪びれもせずに言う。
「島主の館にゆくの。ここの裏を通っていいでしょ。近道だし」
「何! どうして、リリアの館なんかに」
「えっとね、ゴットフリーに招かれて」
スカーは心底驚き、
「お前ら……いったい何をした? こ、殺されるぞ。もしかしたら、昨日、ゴットフリーと戦ったあの件でか」
すると、ジャンが、
「心配いらないよ。あいつは僕に話があるんだ。だから、すぐにはそんな血生臭い事にはならないさ」
「しかし……」
「まぁ、その後のことは僕にもわからないけど、その時はその時で」
ジャンは軽く笑って受け流す。その時、彼らの横にいたリュカが、突然、その場にかがみこんだ。
ジャンに視線を向けて青の瞳を大きく見開く。
「リュカ?」
ジャンは、はっと硬い表情をし、リュカの横で手を地面にあてがう。
この場所には、力がない……地の繋がりがとけかかって……
「スカー、この下を掘ったな! 何て馬鹿なことをしてしまったんだ!」
「えっ、な、何を根拠にそんなことをっ……」
明らかにスカーは焦っていた。ジャンは、声を荒らげ、
「根拠なんてくそくらえだ! 下に誰かいるなら、早く出すんだ。崩れるぞ! お前たちがこの下に掘っている
「何っ!」
慌てて、スカーは倉庫の中へ駈け込んでゆく。
「お前らっ、早く、外へ出ろっ! トンネルが崩れるぞ!!」
その直後に、メリメリと地面が崩れる音が響いてきた。
* *
ジャンのおかげで、トンネルの中で生き埋めになる者はいなかった。けれども、拙いことに、秘密裏に掘っていたトンネルのことを彼らに、知られてしまった。
スカーはジャンとリュカをじろりと見る。
それにしても、ジャン・アスラン……、それに、傍にいるチビも。地面に触れただけで、あの、トンネルに気づくなんて……。
こいつらは一体何者なんだ?
しかし、スカーは意を決したように口を開いた。
「リリアの館に行くなら、この倉庫の裏を通っていきな。ココが案内してくれる」
「ありがとう」
ジャンは破顔した。
倉庫の裏口を出る時、スカーはジャンに右手を差出しながら言った。
「とりあえず、俺はお前を信じることにした。幸運を祈ってる。詳しいことは今は話せないが、トンネルのことは絶対に他言無用だ。それに、お前には後々も手伝って貰うことがあるかもしれない」
ジャンはこくんと頷くと、スカーが差し出した手をぎゅっと握りかえした。
「ゴットフリーに会うなんて、絶対に勧められないが、どうしても行くというなら十分に気をつけろ。島主リリアは……完全に正気を失ってる。ゴットフリーは、リリアには絶対逆らわねえ。リリアが殺せといえばどんな理由があろうとも、お前らだって、即、殺されるぞ」
「島主が正気を失ってる? 確か前にもそんな事を聞いたが」
「そうさ。
「そう言えば、リリアの命令でゴットフリーはサライ村の住民を殺していると……」
ジャンは傍らにいるココにそっと目をやった。ココは口惜しそうに口を歪める。
「そうよ。島主リリアにとって、サライの住民は海の鬼灯を鎮めるための……
長い沈黙があった。それを破ったのはスカーだった。
「ジャン、リリアの館に行くにしても、ゴットフリーには絶対手を出すな。かつて俺は奴に刃を向けた。殺してやりたかった。だがな、手を出すどころじゃなかった。一撃で終わりさ。この頬の傷はその時、ゴットフリーにつけれらたものだ」
スカーは自分の頬の傷に手をやった。
「しかしな、その時、奴は俺を殺さなかった。なぜだと思う? 俺に利用価値があったからさ。罪を許す代償に俺は生涯リリアの為に働く羽目になっちまった。ゴットフリーは剣の腕だけじゃなく、えらく頭の切れる奴だ。あいつは一瞬にして、自分に一番有利な取引を探り当てる。お前の強さは知っている……だが、油断はするな」
だが、
「まあ、一応は聞いておくけど……ついやっちまうかもなあ」
と、ジャンは笑った。
三人が去った後、スカーはもう一度、自問自答した。
「ゴットフリーの黒剣を白銀に変え、山を作り……隠していたトンネルをいとも簡単に見つけ出す……俺たちにとって、あの小僧は敵か? 味方か? それとも、あいつはバケモノか? 」
頬の傷を歪めて、スカーは苦笑した。
それににしては、人懐っこすぎる……がな。
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