第13話 首都ゴットパレス

ゴッドパレス、それはガルフ島の経済、政治、文化の中心地。


 早朝、大通りの露店には、魚、鶏、果物、野菜……ありとあらゆる食材が所狭しと並べられ、店主と客の声が響き渡っていた。サライ村とはまるで違う活気。静けさとはほとんど無縁な町、それが首都、ゴットパレスだった。


 ジャン、ココ、リュカの三人はそのゴットパレスの大通りを歩いていた。

 ジャンは背に白い布にくるんだゴットフリーの剣をかかえている。白い布の下からは、剣の柄が半分ほど飛び出していた。それをしげしげと眺めながらココが言う。


「この剣、売り飛ばしたら高く売れるわよ。だって、柄の模様の細工だけでもすごいもん」


 剣の柄には繊細な三連の蓮の花が彫りこまれてあった。


「きれいな細工……でも、ちょっとゴットフリーが持つにしては乙女チックなデザインだな……ギョロ目むいたドラゴンとか、とぐろを巻いてる大蛇とか……あいつって、そういうイメージじゃん」


 ジャンはただ、笑ってリュカと一緒にココの前を歩いて行く。


「ねえ、逃げるなら今しかないから確認しとくけど、ジャン、本気? 本当に行くの?」

「行くに決まってる。ゴットフリー直々のお招きだからね」


 空は澄み切った青空で、風はやわらかに潮の香りを運んでいた。昨日の忌まわしい出来ことがなければ、まるで遠足に出かけるような三人。だが、行く先は、ガルフ島の住民に『禁忌の城』と忌み嫌われている島主リリア・フェルトの館なのだ。


「しかし、ここの住民は呑気のんきだな。昨日の水没で島の北東側の三分の一が消えたと聞いた。それなのに凹んでる様子も見せない」


 露店の天井からぶら下げられ皮を剥がされた獣の姿に、ジャンは苦笑する。


「馬鹿なだけよ。ガルフ島は、サライ村の住民以外はみんな島のことなんて考えもしない。自分だけがよけりゃいいの! でも、心の中ではいつもびくびくと怯えてるんだわ」


 ココは通り過ぎざま、露店の林檎を一つ、二つとポケットにつめ込みながら、吐き捨てるように言った。そして、悪びれる様子もなくリュカに、林檎を差し出した。


「はい、あげる」


 リュカは何のためらいもなく、それにがりりとかじりついた。ココは満足げにその様子を見ている。


「お前らな……盗んだ物をそんなに美味しく食うなよ」


 苦笑するジャン。だが、ココとリュカの気持ちが通じ合ったことに、ジャンは驚き、同時にかなり嬉しい気分になった。


*  *


「それにしても大げさな警備だな」


 露店のあちらこちらに剣を携えた警護隊の姿があり、その中には、ジャンが昨日ゴットフリーと戦った際にいた連中もいる。


「だって、前ぶれもなく島が崩れ落ちたんだもの。……それに、ゴットフリーがあんな風に血まみれにされちゃあね」

「あのゴットフリーを追ってきた光は……」


 ココは顔を曇らせた。


「あれは、見たことがある光。あの濁った紅い色は……」

うみ鬼灯ほおずき?」


 ココはうなづく。


 その時だった。


 ココは何気なく店頭にいた商人に目をやった。そのとたん、ジャンの手を引っ張って言う。


「ジャン、走ろう! この辺りは私の庭みたいなもの。島主の屋敷まで行けるいい抜け道を知ってるんだ」

「別にこのまま歩いていってもどうってことないさ」

「私は、どうってことあんの!」


 その時、馬具店の主人がココの方を見るなり、


「お前はサライ村のココ! 待て! このあいだ、盗んだ店の上がりを返せっ」

「ほぅら、言わんこっちゃない! ジャンっ、逃げるわよっ」


 ココは有無をいわさず、リュカの手をひっぱって猛ダッシュする。


「おいっ、僕まで共犯かよ!」

 ジャンは笑って、ココの後を追って走った。


 本当に、ココって無茶苦茶だな。けど、その自由奔放さで、この娘はどんな困難も乗り越えてきたのだろう。


 馬具店の主人を巻いた路地でも、ココは笑顔でジャンを手招いていた。 しかし、その路地の奥から、別の声が聞こえてきたのだ。

 驚いてそちらの方向を見てみると、男の子が泣いていた。そして、その子の靴に一匹の鼠が噛り付いていた。

 ココが叫んだ。


「ジャン、見てっ! あの鼠っ、目が紅いっ!」


 紅の目をした鼠。海の鬼灯と同じ色の!


 慌てて男の子の傍へ駆け寄っていったジャンが、ぐんっと鼠に手をかざす。その瞬間に蒼の光が、男の子の靴から鼠を弾き飛ばした。


「うわわ~んんっ、こわいよぉ! 痛いよぉ!」

「大丈夫か!」


 足先から血が出ている。鼠につま先をかじられたようだ。ジャンは膝まづくと、泣いている男の子の耳元にそっと囁いた。


「大丈夫だから。これから僕が、もの凄~く効くおまじないの言葉を言うから、それを繰り返すんだよ。そしたら、痛いのも怖いのも全部、吹っ飛んじまうから」

「うっ、うん。わかった」


「いい子だ」


 ジャンは、にこと笑うと子供に言った。


「僕と同じように言って。”ガルフ島の大地の源よ”」

「がるふ島の だいちのみなもとよ」

「”僕に手を貸せ”」

「ぼくに手をかせ」

「”女神アイアリスの名のもとに”」

「め……がみ、ア、アイ……アリスの名のもとに」


「”その力を解き放て!”」

「そのちからを とき放て!」


 その瞬間に、ジャンの手元から眩い蒼の光が迸った。すると、男の子の足の傷があっという間に消えてしまったのだ。


「わぁ! もう痛くない。ありがと、お兄ちゃん」


 すっかり元気を取り戻して、男の子は母親の元へ帰って行った。


 それを見ていたココが、人の悪い笑みを浮かべる。


「ジャン、上手いことやったわね。小さな子供だったら、突然、傷が消えても、”おまじない”の力だって信じてくれるし」


 でも、私はそんなことじゃ、ごまかされないわよ。


 ココはジャンの不思議な力について、問い正したい気持ち満々だった。けれども、


 

 リュカが、その心を見透かしたような青の瞳を向けてきたので、ちょっと出鼻をくじかれてしまった。

 仕方なしにジャンに言う。


「でも、驚いたな。鼠が男の子を襲って放さないなんて。日食が近づいてるから、あの鼠も海の鬼灯につられて、おかしくなってるのかも」

「日食? 日食と海の鬼灯が何か関係があるのか」

「日食の日に、火の玉山には邪気が集まる。そして、溜まり溜まった灰汁あくを山に捨てに来る。だから、日食の日には、ガルフ島の麓ではお祭りを開いて、邪気が無ことに通り過ぎるようにお祈りするの。でも、大丈夫! その日を無ことに過ごしてしまったら、あいつらはおとなしくなるから」


 ジャンは首を傾げ、


「へえ、どこにも言い伝えってあるもんだな」

「言い伝えじゃないもん! ガルフ島では、それは常識!」

「ふぅん。常識ねえ」


 やがて、ジャン、ココ、リュカの三人は大通りの外れまでやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る