第12話 ロケットの写真

 闇が闇にもどってゆく。店の内も外も。そして、ゴットフリーの髪の色も……紅に変わったあの一瞬が嘘であったかのように、闇の色にもどっていった。


 こわごわ、フレアおばさんがつけたテーブルのランプの灯。その光にゴットフリーの横顔が照らし出される。サライ村の蓮池で、紅の光に切り刻まれた頬の傷から、一筋の鮮血が滴っている。それが、妙にしっくりとこの男には似合っているのだ。


 ガルフ島警護隊隊長……この人は噂どおり、まわりの人間を震えさせる。


 フレアおばさんは、そう思わずにはいられなかった。


「俺が探していた黒剣をお前たちが持っていたとはな」


 己の剣を見つめると、ゴットフリーは、床に倒れているジャンを睨めつけた。あの時、白銀に変わってしまった剣……だが、彼がこの時、手にしていた剣は……再び黒く輝いていたのだ。


 ジャンはふっと溜め息を吐くと、疲れたしぐさで立ち上がった。ジャンとゴットフリーは暫し目と目をあわせ、睨み合う。


 まずいよ、この雰囲気


 今にも始まりそうな戦いの予感に、ココの心臓は高鳴った。だが、


「手当、手当!」


 救急箱をかついだフレアおばさんが、絶妙のタイミングで二人の間に入ってきた。

 虚をつかれたようにジャンから視線をはずし、フレアおばさんを見据える鋭く冷え切った灰色の瞳。


 残酷無比なガルフ島警護隊の隊長、島主リリアの一人息子。それに、普通とはおもえないこの雰囲気。


 怖い……この瞳は、とても怖い。


 背筋にひやりとしたものを感じながらも、全身血まみれの若者を捨ておくこと……たとえ相手がこの警護隊長であっても、この純朴な婦人には、それはできなかった。


「……警護隊長、それにココも、怪我をした人はそこに座って」

「別にいい。俺にさわるな」


 ゴットフリーは、そっけなく答える。


「だめ! ひどい傷じゃないの。とにかく止血だけでもしとかなきゃ」


意を決したように、フレアおばさんは、ゴットフリーの腕をぐいとひいた。


「よせっ、傷よりお前の力の方がよほど痛い!」


  思わず顔をしかめ、憮然として言い放つ。痛みが消えるのを待ちきれないかのように小さくため息をつく。フレアおばさんはその様子を見て少し表情を和らげた。


 ゴットフリー警護隊長……何だ、意外と子供っぽい……


 再び、フレアおばさんが、ゴットフリーに手を伸ばしたその時だった。


「そんな奴、放っとけばいいんだ!」


 ココが吐きすてるように言った。


「そいつが、ゴメスさんを殺して家まで焼いたんだ! 他にも何人も何人も殺した……このサライ村の人たちを!」


 ゴットフリーはしばらく沈黙して、くすりと笑った。


「サライ村のゴキブリ娘。俺に助けてもらっておいて、その言い草は何だ? それに、お前、BWに養われているそうじゃないか。そんなでかい口をきけた立場か」

「養われてなんかないよ! BWからは一銭だってもらってない!」

「何を偉そうに。BWが嘆いていたぞ。盗み、食い逃げ……ゴットパレスで、悪さばかりしていると」


 ゴットフリーは、ふとココの胸元の銀のロケットに目をやり、ゆっくりとした仕草でそれに手を伸ばす。


「ほう、高価そうな物をしているじゃないか。これもゴットパレスで盗んだきたのか」

「これに触るな!」


 ココは伸ばされた手を払いのけ、たたみかけるように言った。


「私のしたことなんて、島主リリアに比べたら可愛いもんだよ! ……あいつの命令でお前は、みんなを殺してるんだろう? あの狂った婆あのいいなりになって!」


 その直後に、ココの体は宙に浮いていた。弾みでココの首の鎖から、銀のロケットがひきちぎられ、床に飛ばされる。


 凍りつくような怒気が店中にあふれていた。ゴットフリーの血まみれの腕がココの胸倉をつかみあげていた。


「それ以上、島主を愚弄してみろ……そのいらぬ口、脳天から引き裂いてやる……」


 その声は怒りで震えていた。凍りついた灰色の瞳がココを睨めつける。

 

「何度だって言ってやる、あの婆あは人殺しだ!」


 それなのに、ココはゴットフリーを恐れる素振りも見せない。


「お前は……」


 ゴットフリーは黒剣を手にとった。


 いけない! 奴は本気だ


 ジャンが、ココを助けようと身を乗り出した時、


「……!」


 地の底から響くような音が轟き、店が大揺れに揺れた。


「また、地震っ? でも、これは大きいっ!」


 誰もが立っていられないほどの揺れ。

 壁が軋み、棚からは酒ビンや食器がガラガラと落ちてきた。フレアおばさんは、救急箱をかかえたまま机の下にうつぶせ、ジャンはゴットフリーとココと共に床に倒れた。

 そして、揺れが少し収まった時、


「ゴットフリー、居ますかっ!」


 緑の髪の男――BWが店の扉を開いた。


「ゴットフリー、早く来て! ガルフ島の北東の半島が水没しました! 半島の住居は全滅。そして、ゴットパレスまでも、亀裂が迫っています!」

「何だって! 半島が水没?」


 顔面蒼白になり立ちあがるゴットフリー。血だらけのその姿に一瞬、驚いたようだったが、BWは言葉を続けた。


「急いで! 外に馬を待たせてあります」


 そして、柱にしがみついているリュカの方をちらりと見ると、急いで外へ出ていった。

 わかったと、ゴットフリーはその後を追う。だが、扉に向かいざま、振りかえってジャンに自分の剣を差し出した。


「ジャンとかいったな。これはお前に預けておく」

「何だって」


 自分の剣をどうして、敵の俺に預けるんだ? 不信がるジャンの心を読んだようにゴットフリーは押し殺した笑いを浮かべた。


「お前に話がある。明日、それを持ってゴットパレスの島主の屋敷に来い」


 ゴットフリーは、黒剣をジャンに手渡すと、彼の意図を読み切れないジャンを置いて、店の外へ出ていった。


「一体、何が起きているの? このガルフ島で……」

「わからない……僕でさえも図りがたい何か、とても不吉な何か……」


 けれども、ジャンは不安げなココの前にしゃがむと、その頭に優しく手をやった。


「大丈夫。何があっても、サライ村は僕が守るから」


 その時、リュカがジャンの横に駆け寄ってきた。ジャンは、その手にゴットフリーの黒剣を握らせる。


「ところで、あれがBWか? あいつ、びしょぬれだったな……それに何でゴットフリーがここにいるのを知ってたんだ」

「わからない。けど、いつもゴットフリーのいる所には必ず、あいつがいるんだ」


 とにかく得体の知れない男だから。と、ココは答えた。


 リュカは無言のまま、二人の会話を聞いていた。その手にゴットフリーの黒剣を握りながら……だが、その手の剣はすでに黒剣ではなかった。ゴットフリーの黒剣は、また、白銀色に色を変えていたのだ。


 ココはわずかに震えていた。ジャンは、それを知ると、床に落ちた銀のロケットを拾い上げて、


「はい、ココの大事な物なんだろ」


 そっとココの手に握らせた。


 やっと笑みを浮かべて、こくんと頷くと、ココはロケットの蓋を開けた。ロケットの中では海賊風の面構えの男が笑っている。


 ココの父の写真……だが、誰かに似ている。


 ジャンは首をかしげた。そして、はっと、とび色の瞳を大きく見開く。


 あいつだ! ……あの男だ。


 ゴットフリー・フェルト……ガルフ島警護隊隊長!

 

 ココのロケットの写真は、ゴットフリーに似ている……。

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