第9話 幻の島
「ジャン、ここに座って。我が店で一番の特等席」
フレアおばさんが、ジャンに勧めてくれた席は、厨房に一番近い壁際の席だった。
すると、
「食事にすぐありつけて、厨房の霧花がよく見える席。霧花は夜だけのお手伝い……でも、あんな美人を夜だけしか見れないなんてな」
窓際のもう一つの席から、客らしい男がジャンに声をかけてきた。
男は自分の隣の席を引くと、ジャンにそれをすすめる。
「まぁ、座れよ。俺はサライ村のリーダー、フレデリック・ラ・エイクだ」
「フレデリック? いや、その頬の傷……お前は、確か僕があの警護隊長と戦う前にココと一緒にいたスカーだな?」
「まあ、この界隈では、その名の方が通りはいいがな」
不本意そうな顔をした男に、ジャンは言う。
「 そういえば、あの時、急に姿が見えなくなったが……」
「へえ、あんな切羽詰った場所にいたのに、よく覚えているんだな……その事はまた、おいおいな。それにしても、お前、あのゴットフリーと一戦交えて、よく気絶しただけで済んだな」
スカーは隣に座った少年の耳元で声を殺しながら囁く。
「ゴットフリーは、島主リリアの息子でガルフ島の権力を全部つかんでる奴だ。へたに手を出すと……お前、殺されるぞ」
「あっ、そう?」
それなのに、フレアおばさんの出してくれたお茶をジャンは美味しそうにすすっている。
何をいっても動じる奴じゃないな……こいつは。
あきらめ顔で、スカーは煙草を灰皿に押しつけた。
「……で、見たところ、ココと同じくらいの年か? お前みたいな子供が、こんな島へ何をしに来たんだ」
「えっと、ココっていくつだっけ」
「確か、12だったと思うが」
「12か……えっと、なら、16歳でいいや」
「何だ、いい加減な奴だな」
その時、
「ジャンは、レインボーヘブンの住民を探しにきたんだって!」
二人の会話を聞いていたココが、大急ぎでやってきて早口に言う。この質問にはどうしても自分が答えたいらしい。それを傍でで聞いていたフレアおばさんは、一瞬、呆気にとられたように口をぽかんと開け、そして、ぷっと吹き出した。
「レインボーヘブン! あの五百年も前に消えた幻の島の住民を探してるだって?」
「笑わないでよ! ジャンはもう、見つけたんだから。ここに! このサライ村の中に!」
そこに、霧花が食事を運んでやってきた。
そそくさとテーブルに配膳をすませると、ジャンたちとは反対の壁際の席へ腰をかける。ココはさっそくシチューに舌鼓をうちだしたが、ジャンは、上目つかいにちらりと無表情な霧花の顔を見やった。
「本当だよ。僕は見つけた。そして、スカー、フレアおばさん……あなたたちもヘインボーへブンの血脈だ」
店は一瞬、狐に化かされたように静寂に包まれた。だが、ジャンは、そんなことはおかまいなしに話し続ける。
「レインボーヘブンの伝説を知っているか」
「レインボーヘブンは、幸せの島よ。この世の幸せを全部集めた……でも、五百年も前に突然、海に消えてしまった。どこにあったのか、なぜ、消えてしまったのか、誰も知らない」
「ココはよく知ってるな。ほぼ、正解! でも、レインボーヘブンは消えてしまったわけではない。あの島は、七つの欠片に分けられ、封印されたんだ。そして、住民たちは避難所を求めるように、別の島へと移住した」
フレアおばさんは、そんなジャンを訝しげに見て言った。
「でも、私にゃ関係ないよ。レインボーヘブンなんて、ただの御伽話さ。だいたい私は五百年も生きてないし」
「たしかにね!」
ココは笑いながらジャンを見る。ジャンも先程までの硬い表情を少しやわらげる。
「違うんだ。僕が意味するレインボーヘブンの住民は……」
「このサライ村の先祖たち。それがレインボーヘブンの住民だったと、言いたいのでしょ」
その時、霧花が、突然、口を開いた。低く凛と澄んだ声だった。
「でも、そんな証拠がどこにあるのかしら」
ジャンはシチューをすすりながら、霧花をおもしろそうに見つめる。
「だって、ここの景色はあまりにも似すぎている。レインボーヘブンのそれと」
「まるで、五百年前のレインボーヘブンを知っているよう!」
普段もの静かな霧花が、あまりにも声を荒らげたので、ココは少し心配になってしまった。
「ね、霧花もこっちへおいでよ」
ココは、霧花の方へ駆け寄るとその手を自分の方にかるく引いた。ところが、霧花ははっとそれに気付いて、強くその手を打ち払ってしまった。
「霧花……?」
気まずい沈黙。
「まあまあ、霧花は人見知りするタイプなんだよ。俺なんざ、今だに避けられてるんだから」
その場の嫌な雰囲気を変えたのは、スカーだった。
「別に避けてるわけじゃ……」
「なら、たまには俺にもつきあえよ。あんな
「何のこと?」
憮然とした表情の霧花の方へ歩み寄り、スカーは軽く笑う。
「悪ィ、冗談だよ。ほら、お前に頼まれてた店の街灯ちゃんと修理しといたぜ。だから、ちょっと、外に行って見てくれよ」
そして、ジャンの方へ少し肩をすくめてみせると、気のなさそうな霧花の手をひいて店の外へ出ていってしまった。
* *
「驚いた。あんなにピリピリした霧花ってはじめて」
フレアおばさんが言う。
その時、外から聞こえてくる海鳴りの音が微妙に大きく聞こえだした。
店のドアを誰かが叩く音がする。
「お客さん? 今日は誰も来ないと思っていたのに……」
誰にしても、今の嫌な空気を変えてくれるのはありがたい。フレアおばさんは喜んで店のドアに歩み寄った。そして、ドアを開けた。
「あら、まあ……」
海の潮の香りが風と共に店の中に吹き込んできた。そして、その後ろに一人の子供が立っていた。
フレアおばさんは、その子と短く言葉を交わすと興奮した様子で、ジャンにこう告げた。
「ジャン! 家族の方がみえたわよ!」
ココはきょとんとした様子でジャンを見た。ジャンはちょっと、首をすくめたが、知らぬ様子でパンにかじりついた。
その子は、ココよりは少し年下に見えた。肩までのびた髪は銀髪のようだったが、砂にまみれて嫌な黄色に見えた。顔も服も汚れていた。ただ、その瞳は海のような青。そして、何よりも目をひいたのは、その子は、腕にしっかりと抱えていたのだ。ジャンとゴットフリーが戦った時、黒から白銀に替わってしまったゴットフリーの剣を。
「ジャン、その子、誰? ジャンの妹? それとも弟かな」
ジャンはそ知らぬふりをしていたが、ちらりと横を見ると、その子に小声で囁いた。
「お前、男? それとも女?」
肩まである髪にあどけない表情、だが、その青い目はきつく冷たい……確かにその子供は、少年−少女、どちらともいえる風貌をしていた。
「ワカラナイ……」
「名前は?」
「リュカ」
「じゃ、男にしとけ!」
ジャンは苦笑して、リュカの肩をぽんとたたいた。そして、言った。
「僕の弟のリュカだ。よろしくな」
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