第8話 ジャンと蒼の石
「あの蓮池から立ち上る無数の花粉の光の粒は……」
美しかった。あの光はレインボーヘブンの……ジャンは夢のような光景に我を忘れたように見入っていた。
「光りの粒? あの蓮池から? そんなの何も見えないわ」
ジャンはふと気付いたようにココを見てから、くすりと笑った。
「ああ、そうか。いいんだ、あれは、きっとそういうものなんだ」
そういうもの……私には何も見えないのに
この子、やっぱり普通じゃない。そういえば、あの時も……
そう思ったとたん、はっと後ろを振り返り、ココは少し離れた先を指差し言う。
「ジャン、あの山! あれは一体何なのよっ。あんたの足元からいきなりせり上がってきたあの山!」
「え、ああ……あれのこと?」
宿営地の方向に不自然にそびえたっている細長い山。ジャンは少し困ったような表情を浮かべて、
「あっと、う~んと、ほらっ、ガルフ島って地震が多いから、僕が立った場所にたまたま、それが起こって……」
ココはあきれ返って声を荒げた。
「ありえないでしょっ! 嘘つくにしても、もっとましなことを……」
「わかった。わかったから……もう、怒るなよ。それより、お前のその腕、見てるだけでも痛そうだ」
ふうと一つ息を吐くと、ジャンは軽くココの腕に触れ、目を閉じた。そのとたん、蒼い光がジャンの手元から溢れ出した。
え? ええっ、えええっっ!
痛みが、すうっと潮が引くように消えてゆく。ココは包帯越しに傷ついた自分の腕に不思議そうに触れてみたが、
直ってる……あんなに腫上がってた、私の腕が
「はい、おしまい」
呆気にとられ言葉も出ないココに、ジャンはそう言って笑った。
この子って、一体……。
疑問が心に溢れかえってどうしようもない。
けれども、もう、ココはその事については何も聞けなかった。この子相当ヤバいと、思うと同時に、ココはジャンのことをかなり気にいってしまったのだ。それに、ジャンは違う……ジャンの世界はまるで違う。それがはっきりとわかってしまったから。
蓮池を過ぎ、海岸に出ると、海沿いにぽつんと建っている一件家の明かりが見えてきた。
「あれがフレアおばさんの店よ」
ココがジャンの腕を引いた時、海鳴りの音が一段と高く響いてきた。ジャンは、海の方に思わず目をやった。波の間にいくつもの赤い小さな灯が、横一列にちらちらと見え隠れしている。しかし、それらは村で見る美しい灯とは裏腹に、不吉な濁った色をしていた。
「ココ、あそこにも灯が……?」
「ああ、あれは
「海の鬼灯って?」
「よくわからない……、でも、海の鬼灯はああやって、ガルフ島の周りをぐるっと取り巻きながら、近づいたり遠ざかったり……そうしながら、年々少しずつ輪をせばめているんだって。あれが、近づいた時は必ず悪いことが起こるって、みんなが言ってる」
「悪いことって?」
「必ず、火の玉山が火を吹くもの。それにあの灯を見てるとなんだか怖くなる」
ジャンはいぶかしげにココの顔を見た。そして、ふと遠くの音に耳をすませた。
崩れてゆく……内側から。
食い荒らされてゆく。
それなのに、なぜ、この崩壊に誰も気付かない……
急に黙り込んでしまったジャン。ココは、何だか不安になって、早く行きましょうと、その手を引いた。そうこうしているうちに、ジャンとココはフレアおばさんの店の玄関までやってきた。
「さあ、入りましょ」
ココはドアノブに手をかけてから、ふとその手を止めた。
「ジャン、なくしちゃったの?」
「え、何のこと?」
「あの蒼い石……、ほら、ジャンが首にかけてたやつ。すごく綺麗だったのに」
「ああ、あのペンダントか。えっと、気にしなくても、そのうち出てくると思うけど」
腑に落ちない表情のココに微笑みかけると、ジャンはドアを開け、店の中へ入って行った。
「あんたがジャン? あの警護隊長とやり合ったっていうから、どんな豪傑かと思ったら……こんな可愛い男の子だったの。よく来てくれたわね」
フレアおばさんは、ジャンが想像していたとおり、ふっくらとした体格の初老の婦人で、いかにも田舎風な愛想のいい笑顔で二人を迎えてくれた。それに続いて、
「いらっしゃい」
厨房から、ジャンとココを見つけて、若い女性がでてきた。見かけは20代前半といったところか。腰まで伸びた艶やかなストレートの黒髪が香るようにたなびいている。背が高く、憂いを帯びた漆黒の瞳には、深い夜のような静けさがあった。
「
ココの言葉に苦笑いを浮かべながら、その女性はジャンに軽く会釈する。ジャンも会釈を返そうとしたが、
「早く食事の用意を。この子たち、お腹が空いていまにも倒れそうな顔をしてるわ」
と、フレアおばさんが二人の間に割って入ってきてしまった。
それもそうねと、厨房へもどって行ってしまった霧花。
「待ってよ!」
と、ココがその後を追う。そして、追いかけざま、不満げにフレアおばさんをじろりと睨めつけた。ココはジャンに自慢の霧花を紹介したくてたまらなかったのだ。
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