十一月・翌日

 いつも通り出勤すると見慣れない顔の女性が一人。この娘が昨日言っていた新人だろうか。

「おはようございます。藤原岬ふじわらみさきです。よろしくお願いします!」

松田昴まつだすばるです。よろしくお願いします。」

大学生の僕から見ても若い、聞けば19歳、大学生だろうか、「早速だけど今日一通り教えてあげて」店長の声、どうやら教育係を拝命したらしい。具体性に欠ける指示に軽く返事をして彼女を見る。低めの身長、襟足だけ染めたウルフヘア、少し重めの前髪から覗く顔立ちはまだ幼さを残していた。

 彼女に仕事を教えることになり、僕は少々緊張していた。昨日の先輩との会話のせいだ。そんなことあるはずがない。僕は大部分を占めるあきらめの感情と雀の涙ほどの淡い期待を持ち指導に臨む。

「私のこと見たことありますか?」

「え?」

「私、1回だけお客さんとして来たことあって、松田さんに接客してもらったんですよ」

正直まったく覚えていない。

「私、松田さんのこと見てここで働くの決めたんです。」

先輩の言っていたことは本当だった。いつ振りの感情だろう、少し舞い上がって、それを隠すように冷静なふりをしてどこに何があるか、ゴミの捨て方などを教えていく。

 最初から好意的に接してきたこともあり、打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。店長と先輩の目を盗んでスマホをポケットから取り出し連絡先を交換する。彼女の若さに当てられたのか、大学1年生のような気分になる。

 彼女に仕事を教えるのと同時に、当然自分も接客などをいつも通り行う。だんだんと教えながら働くことに慣れてきて、シンクの掃除を教える。彼女が袖を少しまくった時、手首にバーコードのような傷が見えたような気がした。気のせいだろう、見なかったことにして仕事に戻った。

 彼女のほうが先に退勤したのだが、その帰り際、

「今度、お茶シバキに行きませんか?」

お茶をシバクという言葉一瞬脳がフリーズする。今の十代はお茶をシバクらしい。僕も数年前は十代だったはずなのだが、要はカフェに行くという意味だろう。

「いいよ、シバキに行くか。」

何であれ、女の子のほうから提案されるのは嬉しいものだ。誘いを快諾し、少し嬉しそうに店を後にする彼女を見送る。先ほどまで鮮やかに見えていた店の内装が少し寂れて見えた。



 





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