第11話
社員食堂の出入り口から小柄な男がニヤニヤしながら小走りで走ってきた。
小室は俺を見つけると、こちらにかけ寄ってきて早口で話しかけてきた。
「さ、佐山さん!今日は何ですか?こ、小室さんはラーメンと牛丼をダ、ダ、ダブルで注文、しようと思います!」
「…そうですか。」俺は早口の小室とは正反対に静かな口調で呟き、一瞬だけ小室の顔を見てすぐ目を逸らした。
小室は成人男性の小指程の大きさである2枚のペラペラな食券を団扇がわりに顔を扇いでいる。
「こ、小室さんは、よ、用事があるんで、か、帰ります。小室さんは忙しいんですよ。で、でも昼は、ここで食べます!」
そうか、だから大量の破損事故について皆で話し合っていた時もコイツだけいなかったのか。
でも社員食堂で昼食を食べたいが為に帰宅せず、こんな時間まで職場に残っているとはいったいどんな用事だというのだろう。
俺は小室が何の用事で早引きするのか問いただしたのだが聞かれたくなかったようで小室は話題を変えてきた。
「サ、サバの味噌煮ですか?こ、小室さんは残業していっぱいお金があ、あるからダブルで注文、で、出来るんです!ウヒャヒャー!こ、今度一緒にパ、パチンコ行きませんか?や、やり方教えますから!
あ、後で、か、肩揉んでください!さ、30秒!」
あっちこっちに会話が飛んで一貫性がまるっきりない。
ーーーーーしかもパチンコ?肩を揉め?30秒?30秒間だけでも揉んでくれってことか?
この野郎、ふざけるなよ…。
小室の舐めた態度に対して俺の感情は火山が爆発するような怒りというより、研ぎ澄まされた切れ味抜群の冷たいナイフのような状態だった。
小室は俺の静かな怒りに気づいたのか知らないが俺との会話を切り上げ、ランチを注文する為に列に並び始めた。
心臓がドキドキして少し手足が震えている。
これは恐怖からくるものではない。
怒りがナイフのようなクールさではあるとはいっても、それは言葉のあやであり
所詮、怒りには変わらない。
心の中が強烈な怒りで埋め尽くされている。
漫画のように怒りが頂点に達すると手足がワナワナ震える事を初めて俺は実感した。
小室のせいで忘れていたが関連会社の2人が気になり正面を見た。
彼らはワナワナ震えている俺に対して冷たい視線を送っていた。
ニキビ面は「アイツだろ?」と正面に座っている大柄の坊主頭に小声で話していた。
声は聞こえなかったが、明らかに口の動きでそう言っているのが分かる。
こちらを見ていた大柄の坊主頭は汚いものをみるかのような軽蔑した顔つきだった。
アイツ?
俺を見てアイツとはどういう意味だ?
俺の頭の中はクエスチョンだらけだった。
いったいなぜ2人は俺にあのような態度をとったのか気になる。
ずっとここで考えていたかった。
しかし、だからといってパントマイムをしているように立ち尽くしているわけにはいかない。
米粒一つ残す事なく全てたいらげた食器を、ひとまず返却しよう。そう思いおぼんを返却しに向かった。
厨房の奥から2人の調理師がいつも通り元気よくありがとうございますと、お礼を言ってくれたのだが俺はさっきの事が気になってしまい声が詰まって、ご馳走様でしたと返事ができなかった。
俺は考えた。
あの冷たい視線と言葉は、きっと自分の事ではなく小室の事だ。
2人はアイツに何かしらの迷惑をかけられたんだ。
過去にも小室はトラブルを巻き起こしていたからあり得る話だ。
間違いない、きっと小室についてだ。
自分の感情が崩れないように無理矢理、そう思い込むようにした。
ふと小室を見ると肌荒れした調理師にラーメンと牛丼を注文している。
小室の滑舌が悪い為、調理師は右耳を小室側に傾けて少ししかめっ面しながら3回も聞き返していた。
俺は出入り口へ、トボトボ俯きかげんで歩きながら考える事を止めれなかった。
頭の中で整理して今ある情報を自分なりに一から分析した。
ニキビ面はなぜ、こちらを見て「アイツだろ?」なんて言ったのだろう?
彼らはさっきまで今朝の大量の破損事故について話していて、"犯人"なんて言葉を使っていたしミスをした人物を知っているような口調だった。
それも誰かに聞いて得た情報のはずだから告げ口をした奴がいる。
俺は彼らが言うところの"犯人"は高橋だと思っている。それは現在も変わらない。
しかし高橋は社員食堂にはいないのに俺に対するあの態度は変だ。
これではまるで俺が"犯人"みたいじゃないか。
そんなはずはないと再度、自分にいいきかせながら別の可能性を考えた。
やはりトラブルメイカーでさっきも支離滅裂な会話を俺にふっかけてきた小室についてではないだろうか?
それでなければ単に俺の考え過ぎかもしれない。
高橋や小室に振り回されて心身共に疲れているし対人恐怖症を患っているとまではいかないが、かなり人に対して過敏になっている。
社員食堂の出入り口でいったん立ち止まり、意を決して2人が食事をしている方向へ振り返った。
関連会社の2人がまたしても俺を冷たい目で見ていた。
俺の方向に背を向けて座っているニキビ面はわざわざ首を傾けて睨むようにこちらを見ている。
大柄な坊主頭も俺を睨んだ後、呆れたように鼻で笑ったような仕草をした。
もうこれで小室は無関係だということを俺は悟った…。
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