第31話 火の記憶④

「…では次の議題へ    街道沿いに現れる人さらいについて…」

 突然ルオフィア様が御起立なされ、いぶかしげにコアの神子が尋ねる。

「どうか…なされましたか?ルオフィア様」

「一度、席を離れさせて頂きますわ 何か…ミストリアで嫌な予感がしますの

取り急ぎゲートをつなげなさい」

「それはできかねます 

ルオフィア様は建国の六華が1つ、水の国を治められておられるお方

諫守様の御欠席が許されるのとは事情が異なります それに、残す議題は2つのみ 

話し合い、議論を交えることは必定のことです」

「わたくしどもの議論など…今すぐでなくともよろしいことではございませんか?

後日、また執り行えば…」

「…失礼ながら申し上げますと、その後日とはいつごろのことでございましょう?

他の六華の神々には統治者という立場に在られるお方もおいででございます。

ルオフィア様ととも在られる、ミストリア様もその1人であるはずでございます。

今議会も皆さまお忙しい中行われていることを、どうぞご理解いただきたいのです」

「そのようなことはどうでもよろしいですわ

こうしているうちにも予感とは程遠いほど鮮明に…一度、ミストリアに

お願いしますわ!わたくしの国民に関わることかもしれませんのよ!」

 髪の色にレディ・ミストリアのものが混ざりだしている。

「なりません 貴方様方、我々神子も含め現世へ神として干渉すべきではありません

なにゆえ、我々に人前での魔法の行使にペナルティが存在するのか熟慮ください」

「…あなたたち、時の神子なのでしょう?

今、ミストリアで何が起こっているのか知っているのでしょう?

知っているのでしょう…?どうして」

「我々神子は、ただ観測するのみでございます」

 ルオフィア様はその場で力なくその場で膝をつかれた。

 そこにルミナイシス様が御起立され、例のごとく変なポーズを取られながら、

「はいスタ―――――ップッ!

ルオフィア、ここは会を進めるようにッ!しようじゃあないか!」

「ルミナイシス…あなたまで」

 するとルミナイシス様がルオフィア様のそばに来られ小声で、

「あの子たちは会が終わるまで返しはしないよ 素直に」

「要は話して終われば問題ねえんだろ 早く進めな、クソガキども」

「梦ちゃんも… ありがとう、ですわ」

 次第に御髪の色もルオフィア様のものに戻っていかれた。

「ルオフィア あんたの予感、間違ってないと思うぜ 

いざとなったら”魔法”使えよ?」


 南の街は特に人家が密集し、木造の簡素な家屋が多いからだろう、

炎の勢いが強い。公園のものとは明らかに違う。

 炎を消しながら、街の中を進むカナメ達。カナメ以外は移送車の中で演奏を続けている。魔力さえあれば移送車は勝手に動いてくれる。外にいるより幾何安全だろう。

「この人もダメか…」

 人がいれば立ち止まり、助けに向かった。

だが、息のある者は未だ一人として見つからない。亡くなった遺体には、

これ以上損傷を受けないよう魔法で水のベールを被せてからその場を離れた。

「あと少し この区画も終わりだ」

 あとから来た部隊の消火もあり、街の消火はあと残すところ一区画までとなった。最後の区画に入ると、炎の中に人影がうっすらと見えた。消火しながら近づくと、

子どもと母親が残されていた。母親は息があったが酷い火傷を受けていた。だが、

子供だけは水のベールに覆われて、傷ひとつ負っていなかった。炎に追いつかれ、

咄嗟に子供を庇いながら耐えていたのだろう、母親の魔力は今にも消えそうだった。

 演奏をやめてシズたちは移送車から降り、母親の手当てに取り掛かった。子どもは母親に縋るどころか、変わり果てた母親の姿に怯え震えていた。

「安心して、絶対お母さん助けるからね」

 子どもを抱き寄せると、その子は声を上げて泣き出した。移送車に子供を運ぼう

としたそのとき、その子の背後からバチッという音がした。

 見ると、子どもの頭の周りからバチバチと放電が、光と共に急速に強まっていた。今日ユメリアで見たあの光と同じ、発現の光だ。こちらの異変にオミがいち早く

気づいたが、魔法が発現するのは時間の問題だった。

 彼らもちょうど子どもの母親を移送車に運んでいる最中だった。

「おいおい、まさか…この子も発現を⁉」

「みんな早く車に!」

 間に合わない。こんなときに発現が、しかも鬼の魔法が発現するなんて。

 モチとイナが気づいて楽器を構えたが、カナメが魔法を発動するまでには到底

間に合わない。音楽がなければ、カナメは十分に“演じる”ことはできない。

 だが、一か八かでカナメは子供を支えながらも面を手に取り、

「演目……羽衣!」

と唱え魔法を発した。

 子どもの周りで放電が始まり、周囲に電気が一斉に散る。

 ほんの数秒続いた後、ピタリとその雷は止んだ。

 間一髪でカナメの魔法が発動できたらしい、広く大きな羽のような衣はシズたちに覆いかぶさり、彼らとこの子の母親を雷から守った。カナメ自身も、白い衣装と冠を身にまとい”演じる”ことはできていた。だが、演奏を伴わない半端な魔法であった上直接子どもから魔法を受けたカナメは、雷のような網状の火傷を受け、目からは血が流れ出ていた。

「カナメ!」

 羽衣から這い出てシズがカナメに駆け寄ってきたが、

「かはッ…大丈夫 皆、車に…ごほ 車に戻れ」

「しっかりしな!立てるかい?」

「ああ、かなり来たが…なん、とか とにかく車に…」


 そこへ公園から来たリーダーの隊が、カナメたちを見つけ、

「カナメ支部長⁉」「隊長!ひどい怪我です」

「民間人もいるようだ 急いで応援に…」

 その瞬間、カナメたちの近くで巨大な炸裂音と共に爆炎が広がった。



「以上で定例会を終了いたします」

 会議が終了した瞬間、一切振り返ることもなくルオフィア様はゲートをくぐり、

ミストリア上部に位置する祭壇前に転移された。結局、ルオフィア様が感じておられた嫌な予感は、議会が終わるまで消えることはなかった。

 祭壇とは、ミストリアを取り囲む城壁に蓋をするようにしてあり、その蓋にあたる

床は水面のように透明で、水槽を覗くように都市を見渡すことができた。

 ルオフィア様は不安を抱えたままその場で地上を見渡されると、東の街から南の街にかけて黒煙が立ち上り焼き野原と化している光景がそこにはあった。

 ルオフィア様は予感されたことがまさしく現実のものとわかり、その場に伏しはらはらと落涙されてしまわれた。

 さらに追い打ちをかけるように次の瞬間には、南の街の方で爆発が起こりさらに

炎が広がるのが、目に焼き付けられた。

 もはや誰に向ければよいかわからぬ怒りが身体をめぐり、ルオフィア様は祭壇の床を通り抜けて、空中でこう唱えられた。

「我」

「汝」

「理に関す ヴェルテ・ファレーナ」

 突如空を覆いつくすほどの水が現れ、やがてその形はクジラへと変わっていく。

「ヴェルテ、わたくしの街を汚すの炎を 喰らい尽くしなさい」

 慟哭にも似た大きな鳴き声と共に、巨大なクジラは地面に向けて泳ぎ出し、

火事場の炎めがけてその口を開き飲み込んだ。まるで街を押しつぶすかのような勢いだったが不思議と建物は微動だにせず、炎だけを取り込みクジラはルオフィア様の

もとへ舞い戻ってきた。

 クジラの中には未だに炎が燃え盛っていた。ルオフィア様はすかさずヴェルテの

身体に入られ、燃える火に双方手を向けられたまま、

「映さざる 真の理を表せ」

と唱えられた。

 すると、炎は彼のお方の手の上で炎と透明の液体、稲妻の3つに分かれた。

 しばらくルオフィア様はその3つの先に見える景色を覗き見られるように、その場に留められていらっしゃったが、やがて寂しそうな御表情を浮かべられながら

ゆっくりと地上の城へと降りて行かれた。

 ヴェルテの声に城の庭に出てきた者がいたらしく、ルオフィア様が降りて来られるのに多くの者が気づいた。

「ルオフィア様!」

「ああ、なんということでしょう…じいやは、クークラルは今どこに」

「ここにおりますな」

 クークラルはルオフィアに駆け寄り、

「ルオフィア様の不在の折、このような事件に対する対処全うできず申し訳が…」

 ルオフィア様はクークラルに小声でお伝えした。

「今回のこと、事件などではございませんわ…」

「⁉それはいったい」

「とにかく、あの子供たちは保護しなければ…

じいや、今すぐ議会を招集致しましょう 騎士団にも至急指令致しますわ」

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