第28話 火の記憶①

「なあ、今どこに向かってんだ?猫耳」

 何駅か通過したところでミヨとカイナは電車から降り、街を歩きだした。城の裏側にあった大きなターミナル駅の方を北としてみれば、ここは丁度南東にあたる所だ。ミヨが先に歩き、それに続く形でカイナはついていたが、カイナの声にミヨは耳を

ピクリとも動かさなかった。もちろん、猫の耳の方である。

「ちっ ほんとに無視すんのかよ」

 商店街のようなところを歩いているが、昨日通ったアーケードとは違い人通りは

滅法多く、呼び込みで活気にあふれていた。魚、野菜、肉などの食料、衣服などの

日用品を取り扱う店がほとんどで、北側の店のような嗜好品を取り扱っている店は

ほとんどなかった。おそらく、客層が違うのだろう。


 しばらく歩いていくと街の様子も変わっていることに気づいた。特に、学校に

あったような1段目と2段目の地面は埋め立てたのだろうか、さらに段が細かく分けられ住居が建てられていた。ミヨはふと下段に続く短い階段を下り、くねくねと

入り組んだ道へ入り込んでしまった。驚き慌ててカイナもそれに続いた。


 歩き進んでいくと緑の生い茂った、一際開けた公園に辿り着いた。柵や塀でこそ

囲まれてはいなかったが、代わりに網目状の光の壁が公園の外周を取り囲んでいた。公園の中では子供たちが遊びまわっていたが、中には“光を発している”ような子も

いた。ちょうど、2日前のアゲハのように。

「おいカイナ ここはどういうところなんじゃ?」

「いないもの扱いするんじゃなかったか?」

「わしから話す分にはいいんじゃよ」

「ひでぇ横暴だな」

「それで?」

「公園で違いねぇよ ここらじゃタダの公園じゃないがな」

 公園の中央あたりに来ると、『火の記憶』と記された石の塔があり、

傍に花束が手向たむけてあった。

「これは…ここで何があったんじゃ?」

「それは…」

 カイナの表情からは、気が進まないというよりも、言いたくないといった様子に

察せられたため、

「無理にとは言わん わしにはおぬしの由緒経歴に深入る道理なぞ、ないしのう」

「いや、話す 絶対に忘れちゃいけねぇことだ オレにとっても、ルークとしても

この町のためにも」


 もう12年も前のことだ。オレは、この公園に家族と一緒にやって来た。

妹のユメリア、それからオレの母さんカナメと一緒に。

この公園にはたまに遊びに来ることはあったが、その日だけは違った。その日は、

妹が魔法を発現する予定日、そんな日だった。

「昔から、発現のときは公園に行くのが慣例だった さっき見た子供みたいにな」

 俺たちも、その慣例に従ったわけだ。特に、ここらじゃ一番平らで開けた土地だ。もしものことがあっても問題ない、そう考えられていたんだろう。

「今でこそ魔力制御網…公園を囲ってるヤツがあるが、昔はそれすらなかった」

 

 公園に着いてどれだけだったか…覚えてはないが、そのときが来た。

ちょうど昼前のことだった。周りでも発現が始まっている中、遊んで走り回ってた

ユメリアもその場でしゃがみ込み、背中から光があふれだした。






「あの子もはじまったね」

「ねえねえ!まだかなあ⁉ユメリアの魔法‼」

 ユメリアの様子を少し離れて見ていた。カナメと一緒に。

「ほら!そわそわしない すぐにわかることだろう?」

「水だったらいいな!俺と一緒な」

「さあ どうだろうねえ」

 しかし、なかなか魔法が出てくる様子がない。それどころか、どんどん光を増しているように見えた。カナメの手を握り、不安そうに訊いた。

「ユメリア、大丈夫だよね…?」

 その不安をかき消すように、背中をパンッとたたき、

「しゃんとしな! 力の強い子ほど強く光るもんさ あの子は、ユアは大丈夫」

「ほんと…?」

「ああ、あんだけ光ってりゃとっても強い子だよ! こりゃあカイナも、おちおち

してられないかもねえ 頼りにしてるよ!おにいちゃん」

「うん!」


 ついにそのときが来た。光が最高点に達したその瞬間、何か千切れたような音、

それと共に耳をつんざくような高い音が一面響いた。

 ユメリアの方を見ると彼女は地面に倒れていた。周りにも大人、子ども問わず気を失って倒れ込む人がいた。

ふと頭上を見上げると、公園を覆うほどの“水”が浮かんでいた。

「何の音だったんだ?」「上見ろよ すげえ水の量だ」「耳がキンキンする!」

「血が出てる!誰か救急を」「ほんとに発現なのか?」「どの子の魔法だ?」

 

「ユメリア!」

「ユア!」 「意識がない カイナ、急いで病院連れてくよ!」

 カナメがユメリアを背負い、病院に向かう。かかりつけは電車を使えばすぐだ。

 3人が公園を出たころだった。この日は風が南に吹いていたらしい。

 その“水”は。

 南の街を覆うように、広がっていった。ちょうど、お昼時のことだった。

「あの水、いい匂いがするね」

 どこかで、そんな無垢な声がしたとき。

 火の海に変わった。公園が、一瞬のうちに。

 その場にいた人間は、悲鳴を上げる暇さえ与えられなかった。

あまりに一瞬に燃え広がったため、遠目に燃えた人が未だに歩いている様が見えた。


 火はそのまま、あの“水”を足場とするように南の街へ燃え広がった。

地を這う蛇のように滑らかに、そして迅速に。


「北だ!北に逃げろ‼」「おい!園内には入るな」「まだ子供が」「やめろ手遅だ」

「水使える奴はこい!火ィ消すぞ」「おう!」「オレらの街だ!」


 通報を受けてすぐ近衛兵はやって来たが、依然として炎は燃え続けていた。

「近衛兵が来たぞ!道開けろ」「やってくれ、近衛のダンナ!」

「急いで!子どもが‼」「しっかし、水の国で起こったってのが幸いだったな!」「まったくだ」「違いねえ」「頼むぜ!近衛のダンナ」

 到着した近衛兵は激励されながら、十数人公園内に入っていった。幸い、公園には燃え広がるほど物はなかったため、大半はより深刻な南の街に人員が移った。


「全員、配置に付け」

 リーダーらしき人物の指示で、数人の近衛兵が横一列に整列した。そこへ、

消火に志願した市民が数人集まり、

「数人消火に入っていったが、手こずってるようだ。

オレたちにできることがあれば、指示をくれ」

「助かる 我々に続き、細かい火の消火を頼む」


「水泡機ヨォ~イ」「放射水、テェェェ‼」

 リーダーの勇ましい声と共に、霧状の水が上空に向けて放射された。その中を

リーダー、残りの近衛兵と志願した市民の順に進んだ。人の姿があれば、それに

向けて2人で救護を行うというようだった。

「人に直接水はかけるな 除魔法布を被せて消火しろ!」

「息のあるものから探せ!生存者は園外まで運べ 応急は外の救護に任せろ!」


 リーダーは、手を伸ばして光線を出しながら先に進んだ。光の魔法だ。

 光の当たっている箇所はいろんな色の光が反射していた。四方にかざしながら進ん

でいくと、公園を半ば過ぎたあたりにひときわ強く、赤く光っている光が見えた。

「魔法の発生源を特定 急ぐぞ!」

 手を下ろし、リーダーは駆け足でその場所に向かった。

しかし、その場に子どもの姿はなかった。これはおかしい。

 この災害が魔法の発現によるものだとすれば、子供は数時間気を失っている。

つまり、その場に残っているはずだ。それに、誰しも自身の属性の魔法に対しては

耐性をもつものだ、この火の中でも生存しているはず。なのに、なぜいない?

「どういうことだ?そもそも、この災害規模…発現の規模にしてはデカ過ぎる」

「隊長!これを見てください」

 差し迫ったように、隊員が近くの火に水を当てる。すると、

火はそれを”拒絶するように”滑らかに動いた。

「どういうことだ?火は水に消されるはず… いや待て、これは…まるで」

「水を拒絶するということは、“混ざっている”可能性があります」

「そうか…!だとすれば、火と油 魔法の発生はもう一つある」

「その可能性があります」

「しかし、油の魔法…よもやそんなものが すぐに伝達する」

 リーダーは急ぎ耳に指をあて、全体に命令を出した。

「各隊、消火班!火は泡状にして消火せよ!くり返す!泡での消火に切り替えろ!」



 志願した市民にも大きな声で呼びかけ、

「志願した者達 消火方針が変更された!

すまないが、泡を使える者だけ残ってくれ!協力に感謝する!」

「泡、オレ使えねえ…」「落ち込むなよ」「近衛を信じるしかねぇ」

「この町を守ってくれ」「オレは運搬に回る!」「そうだ!物ならいける」

 志願した者で、泡が使える者は1人もいなかった。泡の魔法は、訓練を必要とする

魔法の1つだからだ。しかし、できることをやろうと全員が動いた。隊員は、

「わかっちゃいたが…なかなかきつい状況だな」

「ああ、この規模 かなり骨が折れそうだ だが、やるしかねぇ、だろ?」

「おう!」

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