第22話 ロシュ―ム卿

 オム・ド・ロシュ―ム。我らがオムは演習場へと続く階段を下っていた。彼がなぜこんなところに来ているかというと、ただ年に1度あるかないかの健康診断、それを行うためだけにわざわざミストリアまで呼ばれたのだ。

 あろうことか、ただの学生の健康診断を行うためだけに。

「嘆かわしい…このわしを呼ぶなら研究者として呼べと言っておろうに」

 普段ならこの手の依頼で都内まで足を運ぶのは憂鬱で仕方のないところだったが、今回は違った。昨日の転生者だ。奴らがどんなことをしでかしたかはすぐに情報が

回ってきた。ただの人間かどうか、それはこのオムが自らの目で、そして初めて見つけ出さねばならない。そのためにも、一刻も早くその人間を探し出さねばならないというのに。ともかく、情報を集めねば。

 ドンッ!

「すみません!」

 オムの肩に階段を上ってきた女生徒がぶつかった。彼女はすぐ謝ったが、知らない初めて見る顔だった。オムは半期だけこの学校で教鞭をとっており、仕事柄人の顔を覚えるのは苦手ではなかった。そのオムが知らなかったのである。

「ふん…見かけない顔だな。なんという名だ」

「花見アゲハです」

「花見アゲハ…そうか。並んで歩くものではないぞ。ただでさえこの階段は狭いのだからな」

 花見アゲハ。この学校は秋入学する者も少なくなく、珍しくもない。立ち振る舞いがたどたどしい。いかにも新入生らしいことだ。特に、このオムを知らない所が。


 演習場に着くと、何やらラ・ボッカ・デラの前でウィラーが立っていた。その後ろで少数だが生徒が待っているようだった。

「ウィラー、交代だ。何をしておるんだ」

「オムセン…生。丁度いいところに」

「ちょうど良いも何もないわ。ちゃんと時間を見て行動しろと言っておろうが」

 オムを無視してウィラーが言葉を続けた。

「ラ・ボッカ・デラが動かなくなったんだよ。エラーだって」

「何のエラーだ?」

「排気できなくなってるらしい」

「そんなの待っておればすぐ直るだろうに。何分待っておるんだ?」

「15分」

 ありえないことだ。1分とあれば除魔法装置で魔法は完全に消されるはずだ。

そう設計されている。ただでさえ、我らがオムが転生者を探す時間は限られているというのに、よりにもよって故障とは。

「嘆かわしい…中は確認しておるだろうな」

「いや、まだ。というかオム先生が丁度きた」

 オムが手を入れた。

『5秒後、測定を開始します。危ないので、測定者以外離れてください』

『5,4,3,2,1、測定開始』

 音声は正常だ。ラ・ボッカ・デラの中に飲み込まれる。これも正常だ。だが、

「なんだ、これは」

 装置内部が一面氷に覆われていた。触れると冷たく、”本物の氷”のように

解ける。“魔法の氷”ではない。つまり、これは魔法ではない。

 装置から出て、ウィラーに

「予備があろう。あとはそれで測る。直近で使ったやつは誰だ」

「えーと。誰だったかな」

 名前くらい覚えろ、お前も教師をしているだろうと叱ろうと思ったが、

「確か転生者の…これか」

 ウィラーが机上のディスプレイを指さす。名前は、花見アゲハと書かれてあった。思いがけない事実、そして花見アゲハ。あの人間は…

間違いなく”アタリ”のサンプルだ。頬が引きあがるのを、必死に両手で抑え込んだ。

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