第21話 ラ・ボッカ・デラ…

 アゲハとアイリスは食堂を出ると、にわかに雨が降ってきた(例のクジラだ)。

2人は慌てて校舎に走った。そのままアイリスは食堂の反対方面に歩きだした。

「どこに向かってるの、アイリス」

「魔法の演習場でございます。本日は中等部の健康診断となっているのですが、

王城を出る際にクークラル先生からアゲハ様にお伝えしてほしいことがあると」

「え、なんだろ」


『花見さんには、ラ・ボッカ・デラで測定をしていただきたいですな!

転生された方というのは前代未聞でありますからな、わたくしめにとってもわからないことばかりなのですな。どうやってここに来られたかを知る手掛かりとなるやもしれせんからな。是非ともお願いしてほしいですな!』


「そのラ・ボッカ・デラって何なの?」

「ラ・ボッカ・デラは魔力量、魔力動態、魔法持久力…要するに魔法に関する健康診断を行う機械でございます。

少々その、測り方が問題視されるものではございますが…」

「なにそれ、やってみたい!痛いとかはないんでしょ」

「それはそうですが…よろしいのですか?クークラル先生は、アゲハ様を研究対象にしたいと言っているようなものなのですよ」

「でも、私も気になるの。この世界に来てからいっぱいわからないことだらけだし。私、わからないままにしておけないタイプなんだ!」


「そういえば、アイリスって携帯持ってる?これの使い方教えてほしいの」

 携帯とミチュラム先生からもらった紙をアイリスに渡す。

「すごい、本物の携帯でございますね。初めて見ました」

「そんなに珍しいものなの」

「珍しいというより、使っていらっしゃる方がほとんどおられないのです。

わたくしもほとんど見たことがありません。わたくしのお父様とお母様の方々が

使っていたと聞いております。それと、この紙は…」

 アイリスはミチュラム先生が渡した紙の表裏を裏返したりして見ていた。が、

その紙には何も書かれていなかった。

「あれ⁉何にも書いてない」

「何か書かれてあったのですか?」

「学校の電話番号。ミチュラム先生が何かあったらって。どうしよう…」

「なるほど…ん!アゲハ様、おそらく既に登録されているのでは」

「え?ほんとに⁉」

 アゲハが携帯を確認すると、見覚えのない番号1桁の番号“3”と、”ミチュラム”と

書かれたものが登録されていた。

「幼いころ、お父様がこのような紙と携帯を持ち歩いておられるのを見たことがありました。ひどく大切にしておられたので尋ねると、お母様がくれたんだと嬉しそうに答えてくださったのを思い出しました…」

「きっと…ずっと大好きだったんだろうね」


 いつの間にか食堂の反対側まで来ていた。目の前には体育館のような建物があり、そのまま入っていった。体育館には学生がたくさんおり、身体測定を行っている様子が少し見えた。だが、アイリスはそっちへは向かわず入り口横の階段を下り始めた。

「こっちじゃないの?」

「そちらは身体測定を行う会場になっております。今向かっている魔法の演習場は

この先の地下にあります」

 階段と言われた方をアゲハが覗き見ると、風が吹きつけてくる音と人の足音が反響している音が下から聞こえた。幾人か学生が昇ってきているのも見えた。

「学校に地下があるって、なんかすごいね!」

「そうでもないかもしれません。どの学校にも地下が設けられていると聞きます。

そうでないと魔法が使えないので」

「どういうこと?」

「ご存じかもしれませんが、魔法は公衆の場での使用が禁止されております。

ですので、魔法を使う施設は安全を確保するために厳重に管理されているのです」

「魔法ってそんなに危険なものなんだ…」


 3,4回踊り場を通っただろうか。それほど深い階段を下り切ると、地上の体育館と同じくらいの、いや天井はそれ以上の異常に高い空間に着いた。パイプ椅子に白衣を着た人が座っており、机に肘をついて退屈そうにしていた。その横には、奇妙な石の彫刻が1つ置いてあった。人の顔のように、目と鼻、口の彫られた円盤状の石だ。

 ちょうど他の学生がいなかったため、アイリスは白衣の人のところに向かった。

アゲハのことを話しているようだった。アゲハはというと例の奇妙な石を見ていたが、白衣の人が手招きしてアゲハを呼んだ。

「君が花見アゲハだね。じゃ、さっそくラ・ボッカ・デラの前まで行こうか」

 どっこいしょと言って彼女が立ち上がった。彼女に付いていくと、やはりあの奇妙な石の前で止まった。

「これの口に手を突っ込んで」

「ええ?」

「ウィラー先生、説明が足りておりません」

 ウィラー・トラスは面倒くさそうに頭を掻きながら、

「これがラ・ボッカ・デラ。で、この口みたいなとこに手を入れると、測定が始まるの。オッケー?」

「あ、はい。大丈夫だと思います」

「何か質問は?なし?よしじゃあやってみよう、はい!」

 そういって、さっきの席に戻っていった。アイリスが近くまで来て、

「気を悪くされないでくださいませ、アゲハ様。ウィラー先生はその、人にあまり

興味を示さない方なので…」

「気にしてないよ!それに、実際にやってみた方が早いってことかも」

「そう…かもしれないですね。ですが1つ、気を付けてほしいことがございます」

「どんなこと?」

「手を入れましたら、測定開始の音声が流れるまで決して手を離してはいけません」

「それとっても大切なことじゃん!」


 改めて石の彫刻、ラ・ボッカ・デラと向き合う。大きさは2メートルより少し大きいくらいで、目の部分はどこから見ても目線が合う気がして不気味だ。

意を決してその石の口の中に手を突っ込むと、次のように音声が流れた。

『5秒後、測定を開始します。危ないので、測定者以外離れてください』

『5,4,3,2,1、測定開始』

「え」

 すると石の口が柔らかい生き物のようにグニャグニャと歪んだかと思うと、

次の瞬間大きな口となりアゲハの身体を頭から飲み込んでしまった。


 目を開けると何もない、広い空間にアゲハは立っていた。アイリスやウィラー先生の姿も見当たらない。ただ目の前には柱状の石があり、手はその上に置かれていた。

「え、え!どこここ?」

石柱せきちゅうから手を離さないでください』

 警告音と共にその音声が流れ、慌てて手を石柱の上に戻した。

『これから、魔力測定を行います』

『大きく息を吸ってください』『まだ息を吸えます』『限界まで吸ってください』

『完璧です』

『息を止めてください』『まだ息を止められます』『あと30秒止めてください』

 淡々とした声で指摘してくるのがシュールだったのか、アゲハは途中から吹き出さないようにするのに必死だった。

『集中してください』『リラックスしてください』『息を吐かないでください』

『やり直してください』

 これには、さすがに笑いが止まった。息を吸って、苦しくなるまで止める。

『魔法を発散してください』『完全に出し切ってください』『まだいけます』

 石柱を中心に周囲を凍らせる。

『測定完了です』『お疲れ様でした』『5秒後に元に戻ります』

 やっと終わったと思い、周囲を見た。どうやって帰るのかなと考えるや否や、

『石柱から手を離さないでください』

 また叱られた。


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