第17話 獣族(けものぞく) 後編

 店を出入りする客が増えてきた。そのすべてが決まって店の奥の扉からで、やはり二足歩行の動物だった。客はカウンターの山猫に挨拶するだけで、注文などする客はほんの少数だった。どうやら、獣族がたむろする交流の場も兼ねているらしかった。

「さて、どこまで話したか…」

 無事に土の女王が継承され世界は滅びなかったが、放っておいても滅びそうなほどに人々は疲弊しきっていた。なにしろ、どの種族も流行り病の時点でかなりの数が

死んでしまっていたからだ。

 そこでだ。我らが獣族のルーツ、獣の国たるキトカラの偉大なるお方が世界を繋げようと試みた。獣の王ランドルファン様だ。

 彼のお方は、世界中で生まれる文字と言葉に魔法をかけられた。

「ところで、この国の文字はどんな風に見えた?聞く言葉は?」

「まあ、日本語じゃな」

 彼のお方の偉大なところはそこにある。

つまり、それまでの言語を残したままに

「だから私のような獣族には獣族の文字に見える。それに言葉もそう聞こえる」

「じゃが、世界を繋げたことになるんかそれは。逆のことじゃろ」

「確かに、それぞれの国は言葉の教育に力を入れ始めた。生まれたとき、はじめて習う言葉が自分の言葉になるわけだからね」

 だが、世界は以前よりも圧倒的にスムーズに話を進めることができた。各国進出への障害となっていた言葉が統合され、通貨さえも統合された。

 商業を中心に世界は復興する足掛かりを手にしたんだ。

 それでも反発する国はいた。特に木の国、その聖地ジェドゥバの国民だ。

「ジェドゥバはエルフだけのところなの。みんな性格悪いそうよ」

「ぺトネ、そんなことはない…と言いたいところだが、実際エルフは差別意識の強い種族ではある。全員がそうではないと思うが…」

 残念なことに、国の女王マルギイェーロはその例に漏れないお方だった。木の国は建国の六華の中で唯一連邦制をとっている国で、我が国キトカラもその1こくだった。

 だから目を付けられた。国の連帯を、信仰を奪っていると。

「実際、木の国との連帯感は薄かった。獣族には自分の言語があるしね。それに

マルギイェーロの言う通り、ランドルファン様への信仰は以前よりも集まっておられたそうだ。言語を統合した2年後には建国の六華ではないにもかかわらず、

コアの総会への参加を許されていたからね」

 それが決め手になったのかもしれない。

 ジェドゥバはキトカラに宣戦布告してきた。結果は火を見るより明らかだった。

惨敗だった。当然だ。マルギイェーロは戦争好きで、なんにでもいちゃもん付けて戦争してくるような奴だ。その結果があの国だともいえる。

「それでマルギイェーロが何を要求してきたと思う?

獣族の文字と言葉だけ、統一言語から省けと言ってきたんだ…!」

 さすがに横暴が過ぎたのか、コアの連中が仲介に入ってきた。

それで出された案は、こうだ。

         ”10年間、獣族の言語を統合から排す”

「たかが10年と思うかもしれない。

だが、いまだにその10年の遅れを本国は引きずっている。

もともと地球が崩れる以前は人々の繋がりは希薄だったからね。

本当に、ランドルファン様がいなければ世界は今よりずっと遅れてたと思うよ」

 元からキトカラとジェドゥバの関係はいいものではなかったが、

このとき決定的な溝が生まれた。今に続くほどのね。


「少し休憩しようか。私も少し話過ぎた」

 コップに水を注ぎ、ミヨとぺトネの前に出した。山猫も自分で注いで飲んだ。

「この国の水よ。どの国よりおいしい水よ!」

 ミヨはコップを顔に近づけて匂いを嗅いだ。特に変なにおいはしなかった。

まさしく、ただの水だった。

「そんな警戒しなくても笑 ただの水だよ」

「いや、すまんかった。わしの考えすぎじゃったのう…」

 ミヨも水を飲んだ。もちろん、ただの水だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る