第3話 ネコを知る

 滝の下から滝の方を見ると、300mはありそうな巨大な建物があった。外観はまるでテレビで見た甲子園のような作りだった。猫耳少女の掴んだツタも、この建物の外壁に生えていたものだったようだ。

 背後から強い光がして、アゲハが振り返るとそこに猫耳少女が地べたに胡坐あぐらをかいて座っていた。

「助けてくださってありがとうございます!改めまして、私の名前は花見アゲハです」

 アゲハが猫耳少女に言った。

「わしだけのおかげとは言えないが…礼とあれば受け取っておくわ。わしの名は…特にないのう。人間はテキトーなやつらじゃから、鳴き声だけでミヤだのミユだの好き勝手に呼びおったわ…」

 猫耳少女がアゲハに指示して隣に座るように促しながら言った。足を流して座りながらアゲハが言った。

「じゃあ…私が決めてもいいですか?」

「好きに呼んで構わん。今までの名も人間が勝手につけたものじゃしな」

 アゲハの提案に猫耳少女はあっさりと答えた。

「ミヤとミユは使われているから…ミヨって呼んでいいですか?みゃみゅみょ~って」

「…存外おぬしも適当な奴じゃな。まあ良いぞ」

 アゲハが「やった」と小さく喜んだ。

「それに敬語はなしじゃ、堅苦しくてかなわん」


「えっと…それじゃあ…ミヨさんは、どうやって変身したの?」

 アゲハがミヨさんに尋ねた。

「変身はわしの能力じゃ。わしの得意とするところの一つじゃな。あと“さん”もなしじゃ」


「ミヨは…なんにでも変身できるの?男の人にも?」

 アゲハがミヨに訊いた。

「なんで男になれるかまず訊いたかわからんが…できるのう。じゃが、わしは空を飛ぶものと虫に化けとうない。ポリシーというやつじゃ」

「虫が嫌いなの?」

「ポリシーじゃ」ミヨが即答した。


 続けて、ミヨが話した。

「それに、わしが化けることができるのは」

「変身できるのは?」

 アゲハは、ワクワクしながら言葉を繰り返した。

「わしが食らった者だけじゃ」

「え…それって人も…?」

 本能的にアゲハは後ずさりした。

「わしは化け猫、猫又じゃぞ?それくらいやっておってもおかしくなかろう?」

 このときのミヨの声は、13歳の見た目とは不相応に凄みがあった。


 しばらくたった後、ミヨはニッコリとして表情を崩した。そして、豪快な笑い声をあげた。

「いやあ、これで逃げ出さんとは…おぬしなかなか肝が据わっておるのう⁉」


「…ってことは今までのって…ウソ?」

 アゲハが恐る恐る答えを求めた。

「いや、ウソではない。ウソではないが…わしはすでに死んだ者しか食わぬ。それも、その者の意志に沿ってのことじゃ」

 アゲハは、ホッとして胸を撫で下ろした。

「よかった。私、食べられるんじゃないかって」

「おぬしが望めばしてやらんこともないぞ、そのときが来ればじゃがのう。わしに食われるということは、わしの中で生き続けるも同意じゃ」

「じゃあ、そのときはお願いね!」

 冗談めかしてアゲハは言った。

「…冗談で言っておるんじゃないんじゃがのう…」ミヨがポツリとつぶやいた。


「そんなことより…もっとミヨのこと教えて!どうしてそんなにしっぽがあるの?」

「わしも良くわからんが…猫又は年を取ると尾が増えていくようじゃ」

 続けて、

「わしのしっぽが初めて分かれたのは確か…101年前じゃったかなあ?それから57年前に分かれ…これが3本目かの。最後の一本は13年前じゃな。意外と覚えとるもんじゃのう」

 ミヨがあの豪快な笑いをしている一方で、アゲハは絶句していた。

「ちょっと待ってミヨ、あなた何歳なの?」

 ミヨが待ってました!と言わんばかりに黒い煙を上げた。変身したときの煙だ。

「何歳に見える?」

 変身した姿でそう言った。今度は少女とは打って変わってグラマラスな女性である。しかし、さっきの少女と趣が似ていた。これを見て再びアゲハは絶句した。

「言ってみたかったの、こういうセリフ」

 恥じらいながら言うそのセリフはそれこそ年不相応で、余計アゲハを混乱させた。

「冗談冗談!わたしは人と同じ時にして57年…123歳のベテラン猫又よ!」


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