水の国 ミストリア
第2話 滝に落つ
「おい!誰か来んか!」
人の声が頭に響いている。少し頭に痛みを感じる。どこか打ったのかもしれない。
「わし一人じゃ持たん!くそ」
段々と意識がハッキリとして来た。水の流れる音が次第に大きくなっていく。心なしか体が軽い気がする。
「誰か来い!いったいどこなんじゃここは!」
ゆっくりとアゲハが目を開く。仰向けになっているらしく、目前には格子状の屋根のようなものが見え、隙間からオレンジ色の光が漏れてる。周囲を見ようと首を動かすと、眼の中に水が入ってきた。驚いた衝撃で身体が沈み、水を飲み込んでしまった。引っ張られて水から顔が出る。そして、むせ返る。
「ごほっ…ケホッケホ な、水の中!?神社にいたはずじゃ…」
どういうことか、アゲハは水路のようなところにいて、且つ水の中に浮かんでいる様だ。いや、水に流されているようだ。
「おお!目が覚めたか!早う壁に掴まれ 手が疲れたわ」
どうやら、もう一人の声の主はアゲハが流されないよう首元を掴んで引き留めてくれていたようだ。「壁の隙間じゃ 適当に掴め」といわれ、アゲハは言われた通り水路側壁、石の隙間に手を伸ばす。何とか掴まることができ、それを見届けたもう一人はゆっくりとアゲハを掴んでいた手を離した。
両手を使うと安定する。周りの景色も、もう1人の姿もこの際見ることができた。
あたりを見渡す。水の流れる速さがかなり早い。さらに、水路の水深もかなり深く、足を付けることもできない。そして、そんなことが見えるほどに異常に水がきれいだ。
上の方も見てみる。先ほど見えていた格子も3メートル近く高い位置にある。とても登れそうにはない。
次に、声の主の方にも目を向ける。見たところ12、3歳くらいの少女といった風貌だろうか、黒い簡素なワンピースを身にまとっている。ツインテールの生えた頭には、アゲハと同じ耳以上にフサフサの耳が目立っている。まるであの黒猫のような。
「ボーッとするな!考えごとは先じゃ 早うせんと滝に落ちるぞ!」
「…滝?」
水路の下流を見ると、流れが途中でぽっかりと途切れている。しかも、その先には地面も木すらも見えず、かなりの高さにいるということに否応なく気づかされる。
「どうしよう!もう目の前です!」
「上流にゆく!流されんよう壁伝いにじゃ 上流に人がいるやもしれん
なんにせよ、わしも水の中じゃと“力”を使えん わしに続け!!」
「は…はい!」
猫耳の少女の堂々とした言葉に動揺しつつも、アゲハは彼女に従うことに決めた。
二人はジリジリと流れに逆らいながら川上の方へ進んでいく。水の勢いが激しく、一つ先の石に手を進めるのも精いっぱいだ。加えて、流れてくる水もかなり冷たい。短い時間で、アゲハたちの体力を容赦なく奪ってゆく。急がなければ。
頭上の格子から見える、オレンジの空も大分濃くなった頃。
「…くそ!」
猫耳の彼女の指先から血が滲み出ている。アゲハを長いこと支えていたためだろう、石を掴んでいる指が紫色に変色している。数十メートル先には格子のないところが見える。あそこまで行けば、何か…少なくとも、八方塞がりのこの場所よりは救われるかもしれない。
だが、猫耳の少女は体力が限界を迎えたようだ。
「よかったのう あと少しじゃ おぬしの、ラストスパートじゃ…」
励ますようにその言葉を言うと、猫耳の少女の指が壁から離れた。だが、すかさずアゲハが少女の腕をつかむ。しっかりとその腕をつかむ。
「あと少し、だからでしょ 最後までい…」
と、アゲハが言葉に繋げようとしたその途中で。視界が真っ暗になった。
『ダメ』 『そっちはダメ』 『そっちじゃ、助からない』
人の声? くぐもった不明瞭な声。 でも、この声どこかで…
『起きて!』
ハッと目を覚ますと、かなり下流の方へ流されていた。気絶したときだろう、壁から手を放してしまったようだ。だが、左の手には猫耳少女の腕が握られている。
壁に掴まろうにも、貧血にあったように視界がぐるぐるとまわっている。特に、出口付近はコケむしていてなかなか掴めない。方向感覚が狂う。また、からまわる。
遂には、アゲハと猫耳少女は水路から空中へ投げ出される。
「いやああああああ」
反射的にアゲハが悲鳴を上げる。だが、その動きは途中で止まった。そして、滝の近くをゆらゆらと揺れてとまる。
猫耳少女が咄嗟に側壁に垂れ下がっていたツタを掴んだのだ。落下が止まる。
「やった!」
だが、アゲハの歓喜の声もつかの間、ブチブチと不穏な音がツタを通わってくる。二人を支えるに頼りなく、前触れもなく再び二人を宙に解き放った。
「おい!おぬし!」
「掴め!なんでもいい!このままじゃとお陀仏じゃ!!」
猫耳少女の言葉。落ちてきた建物に手は届かない。だが、考えている暇はない。空いた右手をわちゃわちゃと手当たり次第に伸ばす。何もない空に、手を伸ばす。
突然、クンッと手の中に変な感触の物を掴む。アゲハが“何か”を掴んだ。何もないはずの空の中で、確かに“何か”を掴んだようだ。
「なんか掴みました!」
「よくやった!!」
それを掴んだ瞬間、ガクッと二人の動きが止まる…はずだった。アゲハが”何か”を掴んでからも落下が止まらない。だが、着実と二人の落ちる速度は段々と遅くなってゆく。やがて、二人の動きは滝下の水面数センチ上で止まった。
「助かったぁ~」
アゲハが声を漏らした瞬間、なんと二人は上に落ちていった。つまり、逆に空に打ち上げられた。
「おい!どうなっとるんじゃ!どうなっとるんじゃこれ!」
「私にもわからないです!!」
二人の身体はさっき落ちてきた滝を通り越し、さらに上空へと飛びあがる。
そして、止まったかと思うと再び地上へと落下し始めた。再び滝の水面付近で止まり、同じように空中に飛ばされ始めた。
猫耳少女はハッとしてアゲハに大声で言う。
「娘!手じゃ!手! まだ“何か”掴んでおるのか!早う離せ‼」
アゲハもこの奇妙の原因に気づいたらしく、言われたとおり“何か”を手から離した。すると、二人の上昇は途中で止まった。だが、同時に地面に落ち始めた。
「このくらいの高さなら…よかったな!助かるぞ」
「助かるって…ムリムリムリ!しぬしぬ!」
二、三十メートルはあるだろうか、当然助かる高さではない。だが言うや否や、猫耳少女は黒い煙とともに巨大な猫に姿を変える。そして、宙に舞ったアゲハと共に地面に着地してのけた。
「大丈夫か、人の娘っ子」
「名前、アゲハです!フワフワで大丈夫でした」
アゲハは巨大猫の毛並みを堪能しながらそう答えた。
「おいおい …まあ良い 生きておってよかったのう、アゲハよ」
これが、二人が出会った最初の出来事だった。それは間違いなく、アゲハにとっても猫耳少女にとっても忘れ難い出来事となったに違いない。
異界にて、風にふるれば 利仲こころ @toshinaka-kokoro
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