異世界ダンジョンRTAer
鏡読み
完走した感想編
ダンジョンの最深部、ボスの間、そこにパンツ一丁の男が剣を片手に立っていた。
彼の傍には仰向けに倒れている女性型の悪魔。
名乗り口上を上げてるときに突然剣が飛んできて、びっくりして転んだところを男に滅多打ちにされ、なすすべなく敗北し、屈辱的な姿をさらしている。
彼女はダンジョンマスターであった。
その彼女は今、己の最後を悟っていた。
正直、先ほどの戦闘で、意識の隙間をつくように脛ばかり攻撃をされて心からぱっきり折れてしまったのだ。
「……ば、バカな、この私が。これ以上の屈辱があるか、くっ、殺せ―――」
「5分14秒、ミスがあったにしては好タイムですな」
しかし男は彼女の言葉を無視し、男はなにやら宙を指でなぞり、謎のウィンドウを呼び出して、その表示納得したように録画を停止させていた。
彼はダンジョンを専門とするランタイムアタッカーであった。
冒険者として、踏破したダンジョンの数こそ少ないものの、そのどれもが人の技とは思えない時短方法で攻略し、ワールドレコードをいくつも保有する凄腕の攻略者であった。
「えー、では完走した感想ですが」
「は、話を聞けぇぇ!」
男は彼女の叫びを無視し、彼女の隣に座った。
そして先ほどと同じように宙を操作し、先ほど撮ったであろう映像を彼女に見えるように再生した。
男の意図が分からない彼女であったが、とりあえず隙を見つけたら首を狩ってやろうと体を起こし、映像を見ることにした。
映ったのは地下七階の終わり、地下八階へと続く階段そばにワープする男の姿だった。
「まず定番のワープですがやはり7階への階段手前が安定ですね」
「おま、五階の中ボス無視してきたのか!? 八階のボスのレイスマスターはあいつのドロップアイテムがないと攻略不可だぞ!」
「確かに五階のリビングアーマーは初期チャートでは攻略必須の相手でした。しかし彼はモーションが厄介でして、同じ構えから突き、切り払い、当たり判定が異様に大きいタックルの三択を迫るランナー泣かせでした。あれはもはやお祈りゲーです」
「あー、あのリビングアーマー予算が足りなくてな、動作に使いまわしが多いんだ。なんかすまんな」
彼女の上司であるクイーンサキュバスは、そのさらに上司であるラスボス子様が勇者と結婚するという大珍事の余波を食らい、何かとてんやわんやしていた。
おかげでまともな予算が降りてこず、それでも仕事をしなければならない彼女は、ダンジョンの統括責任者として知恵と工夫をもってダンジョンを作り上げた。
コンセプトを持って予算を偏らせ、部下たちを説得した。
最初は反対していた部下たちも、何とか機能し、ダンジョンを運営するに至った。
冒険者を「何このダンジョン余裕じゃん」と楽しませ、深層へと潜らせ強力なワナとボスで叩き潰す。
元来ダンジョンは楽しむようなものではないのだが、奥深く誘い込まれた冒険者の悲鳴を聞くのが彼女の憂さが晴れる瞬間だった。
「そこは別走者が発見した属性付与バグを利用します」
「ば、バグぅ!?」
そういうと男は空中の映像を操作し、レイスマスターとの戦いのシーンを映し出す。
不気味な外套に身を包み、その大きな口で不気味に笑う。二十の魔術を操り、状態異常をじゃんじゃん振ってくる災厄の権化。
『ぬあ――――――!?』
死を嘆く亡者を統べる者、レイスマスターは火のついた松明と剣を押し付けられて泣き叫んでいた。
男は少し興奮したように彼女を見て話を続ける。
「このように、火のついた松明と剣をまとめて持つと属性武器になるというもので、レイスマスターは何もさせず倒せます。ドロップ品の外套は換金に必要なので拾います」
「ううむ、まさかこのような手があるとはな……哀れな奴め」
呪文が使えないエリアで呪文しか効かない敵が出てきたら、相当あたふたするだろうと考えてのレイスマスター起用だ。
それは予算の三割は投じた大仕掛けであった。
だが、その仕掛けは松明一本で崩されたことに、彼女の心は瀕死となった。
「その後7階に戻り、移動ピットに気をつけながら移動商人を探します」
男が動画の早回しを行う。
とたん、一瞬男の姿が床に消えた。
「あ、落ちた」
「はい、そのミスがなければレコードでしたね。惜しかったです」
移動ピットとは床を移動する落とし穴のことだ。穴が移動するというのは特段ダンジョンでは変な話ではない。
予算がないからダンジョンゴーレムを素人である彼女が勝手に改造したらうっかりできたシステムだなんてことは断じてない。
とりあえず、あって困る装置ではないので、設置したままにしておいたが、こういうのが意外と効果があるのかと彼女は心の中でメモをした。
「移動商人から松明、レイスマスタ―の外套を売り、そのお金で、反射の巻き物を二枚買います」
「灯りなしであの罠だらけの九階を!?」
「罠は固定なんで、記憶という名の、心の瞳で抜けられます」
誇らしげに男が動画を飛ばし、九階の通路を走る動画を映し出す。
時折スクワットをしたり、腕立て伏せをしたり、宙がえりをしたり、ムーンウォークをしたりポーズをきめたりするが、罠を配置した側からすると本当に見えてるのかよとツッコミを入れたくなるシーンばかりだ。
「憎たらしいぐらいに洗練されてる……うぐぐ」
一つ踏んだら連鎖的に複数の罠で仕留めるそのために固定にする必要があったのだが、それが仇なってしまったと彼女はこの屈辱的な映像を分析した。
だが、一撃必殺の罠は高すぎて予算との折り合いがつかなかったのだ。
「でも九階のボス、グレートデビルデーモンはどうやって」
「確かにグレモンさんは強敵です。通常だとリソース全て使う範囲で倒すのがやっとです」
「グレートデビルデーモンはバランスと予算が大変がだった」
「分かります、あの完成度は最奥の番人としてふさわしい。
加えて、毒麻痺眠など有用な状態異常の無効、堅牢な防御力、彼の攻略には我々走者も頭を悩ませました。そこで、巻物ペタン法と裏あたり判定の合わせ技、地獄バサミを使用しました」
「え、ペタン? 裏あたり? 地獄?」
名前の風から考えるとろくでもない方法なのは想像がつくと、彼女は怪訝な顔をしたが、男は喜々として動画を飛ばした。
「発見者は私です」
「ネーミングセンスださ―――」
「かっこいいでしょ?」
言葉とは裏腹に自信がないのか、男がなにやらくねくね動く。
「照れてるやん」
「いやー、あ、ここ見てください」
誤魔化すように男は動画を操作した。
彼女は言及を止め、動画に目をやった。
そこにはパンツ一丁の男があおむけで壁に向かって、巻物を壁に投げていた。
実に奇妙な光景だった。
「ペタン法はこのように巻物を投げるモーションを行う際、寝そべり視点を変え壁を床として世界に誤認させることで壁に巻物を貼り付けさせるテクニックです」
「ドーシテ張り付くのーコレー」
「そうですね。おそらく注視モード中の重力の判定を調整し忘れてしまったのでしょう。
これを位置を調節しながら二つ配置します。壁のブロックを変えぞえると成功しやすいです」
動画には壁に張り付く二枚の反射の巻物。
嫌な予感がして、思わず聞いてしまった。
「これどうなるの?」
「反射の巻き物は一定方向への弾き飛ばしと、防御を無視して五ダメージを与えます。それを交互に与えて無限ループで倒します」
「まさか、いや、流石に奴には一定回数攻撃を受けると無敵時間発生の呪文が自動でかかるようになっているから」
「まあ、見ていてください」
そんな馬鹿なと彼女は笑いながら動画を見ることにいた。
グレモンことグレートデビルデーモンは竜のごとく強靭な鱗を持ち、並みの冒険者の二倍ほどの体格と筋力を誇る。
さらには邪神に通ずる加護を有しており、状態異常は無効、能力値は五倍ほど引き上げられており、その体から繰り出すタックルはどんなものでも粉砕できるといわれている。
予算の五割を投じた、名実ともに最強のボスであった。
「まずは初手、即死タックルをしてくるので、避け、巻物を張り付けた壁に誘導します、そして背中へ一発蹴りを入れます。この方が成功率が上がりますからね」
『―――――――!?』
だが、その最強のボスグレートデビルデーモンは二枚の反射の巻物の効果で体を上下に微振動させ、股間と頭をしこたまぶつけて絶命した。
声すら上がらないその恐ろしい死に方に彼女は「ひゅ」と空気を漏らした。
「1フレーム5ダメージ、2フレーム使いを上下に振動するたびに10ダメージ、このダンジョンは1秒間120フレームなので、一秒700ダメージ。30秒ほどでグレモンは消滅します」
「え、う、うそ!? 嘘っ!? どうして無敵時間は!?」
「説明しますと、無敵時間さんは複数攻撃を受けた場合、最後にダメージを受けた10フレーム後に発生するので、普通の攻撃では無敵時間が発生します」
「さっきから言ってるフレームってなに?」
「最小の時間の単位です。実はこの無敵時間には弱点がありまして、最後にダメージを受けてから10フレーム以内、つまり無敵時間が発生する前に攻撃をすると、さらに10フレームの猶予が生まれるのです」
「ほうほう、まれに予定以上に攻撃が当たる現象はこれだったのか。ちなみに一フレームは何秒ぐらいなのだ?」
「大体0.008秒ですね。10フレームは0.08秒、TASさんでもないかぎり、人間にはまず無理です。
ですが、この仕掛けを使えば1フレームごとにダメージが入るので永続的にダメージを入れられる。だから反射の巻物を用意する必要があったんですね」
「あ、悪魔かーーーー!?」
「かくしてここに辿り着いてあなたを倒しGDです。タイムは5分14秒でした」
彼女はばたりと倒れた。
これは完敗である。
ここまで周到に用意をしてきたつもりだったが、これだけ必要最小限にダンジョンを攻略されてしまってはどうしようもない。
改めて、トドメを刺されて終わりだと彼女は目を閉じた。
しかしその瞬間はいつまでたっても来ない。
彼女はちらりを目を空けた。
その視線の先で、男が怪訝そうな顔で彼女を見ていた。
「我にトドメを刺さないの?」
「そんな勿体無い!」
「は?」
「この計算尽くされたダンジョンのバランス、こちらの無理を受け入れる寛容さ、こんな走りがいのあるダンジョンなかなかありませんよ」
それはあまりにまっすぐな言葉であった。
中間管理職として、心血を注いで作り上げたダンジョンを評価する言葉は彼女胸を打った。
「そ、そうか」
「ええ、ですからまた来ます。次はワールドレコード取りたいですね! それでは」
男は楽しそうな笑顔をもってその場を去っていった。
「お、おう、道中落とし穴には気をつけてな。待っておるぞ」
そう言い、最深部を後にする男の姿を見届けた彼女は、はっとなり叫んだ。
「てっ、ち、違うわい! もう二度とくんなし!!」
その後、彼女の作ったダンジョンは一部の命知らずに大変好評を受け、それなりに繁盛をしたそうな。
終わり。
異世界ダンジョンRTAer 鏡読み @kagamiyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます