第2話 プロローグ - 2

 ――翌日。

 蓮華の自殺の件で、学校は臨時休校となった。

 朝練の準備で学校に来たサッカー部の顧問が、花壇に倒れている蓮華を発見して、警察と校長に連絡を入れて臨時休校の判断が下された。

 校門には臨時休校に気付かずに登校した生徒を帰宅するようにと、何人かの教師が立っていた。

 花壇の周囲にはブルーシートが貼られて、中が見えないようになっていた。

 マスコミも駆け付けるが関係者以外は校内に入ることは出来ないので、花壇が見える道路を陣取ってマスコミが撮影を続けていたため、警察から注意を受けていた。

 そして、授業開始のチャイムが学校に響き渡る。

 蓮華が時間設定をしていたSNSで、虐めにあっていたことや、その虐めに加担していた生徒と、虐めを相談しても聞き入れてくれなかった担任などの実名が告発された。

 物的証拠として破られた教科書やノートに録音された音声。

 当然、実名を出された生徒や担任は大慌てだった。特に生徒たちは未成年ということもあり、SNSの内容削除を依頼したが、瞬く間に広がった情報を全て削除することは出来なかった。

 面白可笑しく騒ぎ立てる匿名世界の住人たちの行動は早かった。

 すぐに生徒の住所や、両親の勤め先まで特定された。

 蓮華は頭が良かったことや、美術部の部長をしていて面倒見が良かったことなど、蓮華を非難する人は皆無で、逆に虐めをしていた三人の悪評だけが伝わる。

 虐めをしていた生徒たちの名は”宇佐美 瑠璃うさみ るり”、”高羽 愛莉沙たかば ありさ”、”相馬 希来里そうま きらり”の三人。

 世間的に言うスクールカーストの上位の三人だ。

 しかし蓮華の事件以降、責任のなすり付けあいをしている。

 両親ともに外に出られるような状況ではなかった。


 瑠璃の父親は市議会議員だった。

 瑠璃の母方の祖父も元国会議員で地場を引き継いだ母親の兄も国会議員を務めていた。

 このことはマスコミの格好のネタとなり、連日マスコミが押し寄せていた。

 昔と違い、テレビに圧力をかけてもSNSで情報が飛び交う。

 SNSだけでなく、数日後には画像投稿サイトにも細かな情報が投稿されて再生回数が増えていた。

 与党所属だったため、国民への不満を煽る報道する局や新聞もあった。

 市議会議員を四期務めていた瑠璃の父親は、今度は県会議員もしくは国会議員に鞍替えしようとさえ考えていたが、それらの目論見も娘である瑠璃の犯した件で、全て破綻した。

 後押しをしてくれた議員たちも印象が悪くなると考えて、瑠璃の父親から距離を取るようになる。

 二歳下で一年生の弟も学校では父親の権力をかざしたり、姉の交友関係を利用して虐めや、恐喝をしていたこともSNSで拡散された。

 姉弟ともに”糞姉弟”や、”暴君生徒”などと、誹謗中傷に加えて新しい情報を追加されていた。

 私立でなく地元の学校に通わせたのは、市民に寄り添った政治家というアピールがあったからだが、それが裏目に出る。

 私立の学校に通っていれば、自分たち以上に権力のある生徒は多数いるので、このような状況にはなっていなかっただろう。

 家の中では父親が母親に対して子供の教育方針を間違っていたのではないかと、連日責め続け、家庭内の空気は最悪だった。

 連日、映し出されるワイドショーやニュースに匿名で報道されるが、既に匿名の意味をなさない状況まで追い込まれていた。

 それに汚職などの疑惑も取り立たされる事態となり、次期の選挙では落選確実という市民の意見が多数となる。


 家庭内の空気が最悪なのは、瑠璃の家庭だけでなかった。

 愛莉沙の両親は病院を経営していた。

 報道以降は患者の数が激減していた。

 命を救う医者の娘が間接的にとはいえ、人を殺した事実。

 誹謗中傷の電話が病院に仕切り無しに掛かってくる。

 看護師たちが対応に追われるが、関係のないことで精神をすり減らして、退職しようとする者も出始めていた。

 少数ながらもマスコミが張り込んでいるのが、窓から覗いても分かっていたので、外出もできない状態から、医大に通う六歳上の兄の苛立ちも最高潮に達していた。

 原因を作った愛莉沙に怒りをぶつけるため、愛莉沙も自分の部屋から出ずに身を守るような日々を過ごしていた。

 兄からすれば、私立中学の受験に落ちた妹というだけでも腹立たしかった。

 有名私立高校受験で合格すれば、見直してやろうとさえ思っていた矢先の出来事だった。

 これからの人生を愛莉沙に壊されたと言っても過言では無い。

 だが、愛莉沙自身は自分が悪いと思っていないからか、兄の暴力に対して怒りを感じていた。


 希来里の父親は、誰でも聞いたことのある上場企業の役員で、母親も地元でエステを経営していた。

 母親のエステは事件以降も暫くは営業していたが、愛莉沙の両親が経営する病院同様に誹謗中傷の電話が鳴りやまなかった。

 営業に支障をきたし臨時休業となるが、予約を入れていた顧客からのクレーム対応や、解約を求める顧客を無視したこともあり、顧客たちが消費者センターに問い合わせる事態にまで発展していた。

 最初に精神的に耐えきれなくなったのは、希来里の母親だった。

 事件発覚後、父親の会社へも誹謗中傷の電話が鳴りやまず、会社は父親を自宅謹慎とした。

 母親も会社へは電話で指示を出して、ほとんどの時間を家で過ごしていた。

 些細なことで口論になり、それが毎日続き激しさを増していった。

 両親は現実から逃避するためか、日中から酒に溺れるようになっていく。

 仕事に生きがいを感じていた両親の精神は徐々に病んでいった。

 そして、父親は母親に暴力を振るうようになり、その相手は希来里や兄にまで及んだ。

 家から出れば、好奇の目に晒されるため、閉鎖された空間から逃げることが出来ない現実。

 その日も父親から暴力を振るわれていた母親は、突発的に包丁で父親を刺す。母親自身も精神を病んでいたのか、独り言を言いながら何度も何度も父親を刺し続けていた。

 悲鳴を聞きつけてリビングへと駆け付けた兄は、あまりの光景に呆然と立ち尽くしていた。

 母親を止めようとする兄さえも自分の邪魔をする者だと、ためらわずに兄の腹部を刺す。

 そして、父親同様に何度も何度も、兄も刺し続ける。

 自分の部屋に籠っていた希来里は、リビングでの惨劇に気付くことなく、スマホで瑠璃や愛莉沙との連絡や、SNSで自分の情報を確認していた。

 突然、部屋のドアノブから音がする。

 ドアには鍵が無いので、ドアが開くと血みどろの母親が包丁を手に部屋へと入ってきた。


「希来里。全部、あなたのせいよ」


 父親と兄の血が滴る包丁を手にする母親が向かって来る。

 自分も殺されると確信した希来里は恐怖のあまり声をあげることも出来ずに目を瞑った。


「死にたくない?」


 聞き覚えの無い声が耳に飛び込んできた希来里は、戸惑いながら目を開ける。

 すると自分と母親の間に、部屋の中にも関わらず傘をさしてゴスロリの衣装に身を包んだ少女が立っていた。


「あれ? もしかして、死にたいの?」

「死にたくない」


 即答した希来里だったが、周囲の異変に気付く。自分以外の時間が止まっていたのだ。


「助けてあげようか?」

「そんなことが出来るの! 御願い助けて」


 藁にもすがる気持ちで、ゴスロリ少女に返事をする。


「は~い、言質取りました」


 ゴスロリ少女が笑顔で答えると同時に、希来里の記憶が途切れた。



 希来里と連絡が取れなくなってから一日が経とうとしていた。

 愛莉沙と瑠璃の精神状態も限界に来ていた。

 そんな時、連絡が取れなかった希来里からSNSで連絡が届いた。

 そのメッセージを見た愛莉沙と瑠璃は目を疑った。

 そこには「助かる方法が見つかった。助けて欲しい?」と書かれてあったからだ。


 愛莉沙は希来里からのメッセージを見て、自分が私立中学に通っていたら、こんな事件に巻き込まれなかった。

 なにより、表面上は瑠璃や希来里とは友人だったが、瑠璃の理不尽さや、瑠璃の意見に毎回同調する希来里に対して怒りを感じることもあった。

 しかし、学校生活を快適に暮らすうえでは、今の状況が最適だと感じていたので、仕方なく友人付き合いをしていた。

 すぐに「助かるなら、助けて欲しい」と返信する。

 数秒後、再び希来里からメッセージが届いたが、そこには「は~い、言質取りました」と希来里らしからぬ文章だった。

 そのメッセージを見た記憶が、愛莉沙の最後の記憶だった。



(どういうこと?)


 希来里からのメッセージを見ながら瑠璃は考えていた。

 市議会議員の父親や、母親の祖父や伯父の権力を使っても出来なかった事件の鎮静化を、たかだか上場企業の役員である父親如きが、この騒動を簡単に収束できるはずがないと考えていたからだ。

 希来里に電話を掛けるが一向に電源を切っているのか、圏外なのかは不明だが繋がらなずに留守番電話に切り替わる。

 疑心暗鬼になっていた愛莉沙は、希来里が虐めの主犯格であった自分を売ったのではないかと考えるようになった。

 しかし、冷静に考えれば「助かりたい」と思うのは間違いない。

 返事をしたからと言って、なにかあるわけでもないと考えた愛莉沙は希来里の留守番電話に「助かるなら助けて。それと、助かる方法も教えて」と伝言を残す。

 すると、愛莉沙のスマホから着信音が鳴る。

 画面には希来里の文字が映っていた。

 慌てて電話に出た愛莉沙は開口一番に叫ぶ。


「希来里。なにをしていたの! それに、あのメッセージはどういうことなの⁈ 私も死にたくないから、助けて。それに、どうやって助かるかも教えなさいよ」


 しかし、希来里からの回答は無かった。


「は~い、言質取りましたので、折り返しの御連絡です」

「あっ、あなた誰よ‼」


 希来里でなく聞き覚えのない声に、愛莉沙は恐怖する。その後も問いただすが、一向に返事は返ってこない。

 そして、愛莉沙は徐々に気が遠くなっていき、最後には気を失い倒れた。

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